武雄市や杵島郡大町町などを中心に、記録的な雨が県内各地を襲った昨年8月28日の「佐賀豪雨」。住宅や田畑の浸水被害だけでなく、工場からの油流出も重なり、住民たちは懸命の復旧作業に追われた。あれから1年。県がまとめたデータや写真で被害の全体像を振り返り、被災地や対策の今を見つめる。(取材班)

油流出した大町町

激しい雨の影響で浸水し、大町町の佐賀鉄工所から流出した油が広範囲に広がった順天堂病院周辺(2019年8月29日撮影)
現在は農業が再開され水田では青々とした稲穂が揺れている(2020年8月18日撮影)=いずれもドローンで空撮
佐賀鉄工所の対策
 
 昨年8月28日の佐賀豪雨では、杵島郡大町町の佐賀鉄工所大町工場が浸水し、製品のボルトを冷却する油が大量に流出した。流出量は約5万4千リットルと推定され、約100ヘクタールに広がり、住宅約200戸、農地41・3ヘクタールに被害が出た。佐賀鉄工所では工場を囲む防水壁を造るなど、工場内への浸水を防ぐことを主眼にした対策を取っている。

2メートルの防水壁で工場囲む

 ハード面の主な対策は(1)工場を取り囲む高さ約2メートルの防水壁を構築(2)工場西の六田川に水位センサーを設置して増水を把握(3)大雨時は建物のシャッターに止水シートや土のうを取り付ける(4)排水ポンプ場の新設-など。油槽の周囲に高さ80センチの鉄板を取り付けて囲う対応もある。佐賀豪雨では、油槽がある熱処理建屋の浸水は最大約60センチだった。

防水訓練で工場正面玄関の通用口に浸水を防ぐアルミゲートを設置する佐賀鉄工所の社員

 防水壁には6カ所の通用口があるが、長さ3メートルのアルミパネル8枚を取り付けて浸水を防ぐ。水位センサーは警戒水位に達すると社員の携帯電話に自動的にメールを送って知らせる。排水ポンプは、工場敷地3カ所に60立方メートルと85立方メートルの水ますを設け、設置した。3機で1分間に60立方メートルの排出能力がある。

 大雨対応は、六角川水系の六田川の水深によって設けた警戒レベルに応じて行う。水深1・35メートル、1・7メートル、2・2メートル、2・8メートルの4段階で、通用口へのアルミゲート設置や排水ポンプ設置、油槽への鉄板設置などが段階的に進められる。

工場敷地内に設置された排水ポンプ場。3カ所あり、1カ所で1分間に20立方メートルの排水能力を持つ

 今年の梅雨期間中には六田川の水位が12回、警戒レベルに達した。レベル1が2回、レベル2が10回で、一部の通用口にアルミゲートを設置したり、油槽に鉄板を取り付けたりして対応した。防水訓練は昨年以降、十数回実施している。

 6時間総雨量424ミリを想定した町のハザードマップでは、工場敷地の浸水想定は0・5~3メートル。外壁の2メートルを上回る。佐賀鉄工所は「鉄工所北側にある武雄市北方町のため池の堤防が決壊した場合の、国の浸水想定1・7メートルに対応する防水対策にした」と説明する。(小野靖久)

 

冠水した交差点

武雄市北方町は中心部が広範囲に冠水し、県警のボートで助け出される孤立したアパートの住人(2019年8月28日撮影)
この交差点付近では現在、新しく住宅が建ち始めている(2020年8月18日撮影)

 

豪雨の教訓 

事前の対応をより徹底 

 

馬渡稔さん(56)

 店が首まで浸水し、商品や冷蔵庫、車4台などほとんど使えなくなった。もともと浸水する地域で備えはあったが、あの日は瞬く間に水が来て、対応できなかった。教訓として事前対応をより徹底している。
 まず、梅雨や台風など雨を警戒すべき時期は仕入れを抑えて商品を減らす。ワインセラーを1台にするなどして在庫も減らした。
 気象や行政の情報にはより敏感になり、大雨が予想される時は商品を上げ、車を避難する。それでも昨夏のような一気の豪雨には厳しいかも。過剰なほどに反応し、準備するしかない。(酒店経営、武雄市)



毎年起こると思い準備 

 

福田知太さん(62)

 工房に佐賀鉄工所から流出した油が流れ込んで、陶磁器や窯などが被害を受けた。隣接する自宅は床上約50センチまで浸水し「大規模半壊」とされた。棚の上に置いていたため、浸水被害を免れた陶磁器もあった。
 毎年自然災害が起こると思って備えないといけない。自宅の周りに垣根を作ることを考えているが、当面は情報を収集して、避難の準備をしておくしかない。
 1年が経過して疲れが出始めてきたが、19日から1週間、福岡県で被災後初めてとなる個展を開くことができた。何とかここを拠点にやっていくつもりだ。(陶芸家、大町町)


自分事として考える

 

萩原堅次郎さん(42)

 佐賀市金立町にある会社の事務所が被災した。目の前の道路には濁流が流れ、避難ができなかった。
 これまで自身の近くで大きな大雨の被害はなく、まさか自分がこんなことになるとは思っていなかった。災害はどこでも、誰にでも起こり得る。自分事として考えてほしい。
 災害時は早めに逃げることが大切だ。大雨では、水かさが一気に増すことがあるので、すぐに高い場所への避難が必要になる。
 大雨の時はニュース速報や河川カメラ、雨雲レーダーを見るなどし、情報収集を積極的に行っている。(建築会社社長、佐賀市)



減災の取り組み怠らず

 

水田絢治さん(76)

 あっという間の出来事だった。近くの牛津川が増水して支流の排水ポンプが止まると、経営する印刷工場に泥水が流れ込んできた。材料のロール紙約150本が水に漬かるなどし、廃棄処分せざるを得なかった。
 1980年8月の豪雨被害を受けて工場の床を約60センチかさ上げし、昨年は事前に機械や商品を2階に上げた。損害は600万円ほどに上り、事業再開に半月以上を要したが、被害は最小限に抑えられた。
 万全の備えを講じるのは難しいが、事業を続けて社員の雇用を守れるよう、減災の取り組みを怠らないようにしたい。(印刷会社社長、小城市)



親戚宅への避難も考慮

 

上戸タツさん(81)

 佐賀豪雨では自宅に取り残され、自衛隊のボートに助けられた。近くの牛津川があふれ、家の中にも水が押し寄せてきた。当時、家にいた息子の妻と2人で2階に逃げた。
 息子夫婦と孫との4人暮らし。2年前、息子が「一緒に住もう」と家を建て直してくれたばかりだった。親戚の家に2カ月間仮住まいさせてもらい、1階の床と畳を全て張り替えた。
 過去にもたびたび、水害に遭った。大雨は怖いけれど、避難所は人が多く、周りに気を遣って疲れる。安全な場所に住む親戚の家に逃げることも考えている。(多久市)

 
 

ごみの集積場

災害ごみの集積場としてがれきが山積みになった杵島郡大町町福母の町民グラウンド(2019年8月31日撮影)
今年1月から使用再開されている(2020年8月26日撮影)

崩れた道路

佐賀豪雨でアスファルトが崩れ通行止めとなった大町町大字福母の道路(2019年8月31日撮影)
現在は舗装され元の姿に戻っている(2020年8月23日撮影)

 

 
 
国の河川対策
六角川水系3000戸浸水 河道掘削や分水路整備

 佐賀県中西部を記録的大雨が襲った昨年8月28日の佐賀豪雨で、六角川水系では約6900ヘクタールが冠水し、3千戸近くが浸水した。国は同水系の治水対策事業を「河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)」に採択し、河道掘削や川幅の拡幅などを緊急に集中的に進めている。2024年度の完了を目指している。
 佐賀豪雨では牛津川で7カ所、六角川で2カ所が越水した。一方、両河川の2カ所の観測所で堤防が耐えられる水位を超えたため、支流や平地にたまった水(内水)を強制的に両河川(外水)に送り込んで排水するポンプを停止した。この「運転調整」も、牛津川で17カ所、六角川で7カ所行った。越水による外水氾濫に加えて内水氾濫も発生して被害が広がった。

河道掘削が行われた後の小城市の牛津川(武雄河川事務所提供)
河道掘削が行われる前の小城市の牛津川(武雄河川事務所提供)

牛津川

 状況改善のため、牛津川では(1)河道掘削(2)川幅を広げる「引き堤」(3)遊水地整備-を進めている。
 掘削は小城市牛津町の約10キロで実施。既に3分の1程度を終え、本年度中の完了を目指す。多久市でも約1キロ掘削する。新たに堤防を造って川幅を広げる引き堤は牛津町で約1キロの区間を予定。地権者らと協議を進めている。小城町池上地区には容量230万トン、約80ヘクタールの遊水地を整備する計画で対象住民への説明会やアンケートを実施している。
 こうした対策で佐賀豪雨と同等の雨でも、小城市の砥川大橋付近の水位を約1メートル下げ、排水ポンプの運転調整回避を目指す。

六角川

 六角川では(1)河道掘削(2)分水路整備(3)高橋排水機場の排水能力向上-に取り組む。
 掘削は杵島郡大町町から武雄市にかけて6キロ程度で計画。分水路整備は大町町福母地区に入り込んでいる川をショートカットするような形で分水路を設け、二つの流れをつくる。武雄市朝日町の高橋排水機場は、現在3台のポンプで1秒に50トン排出できるが、61トンに引き上げる。ポンプ増設ではなく個々のポンプの性能を高める方向で、本年度内の発注を目指している。
 リアルタイムで浸水状況を把握したり、浸水を予測したりするシステムの開発も進めており、武雄市、多久市、大町町にモデル地域を設けて、浸水を自動計測するセンサーを設置する。
 事業を進める国土交通省武雄河川事務所は「緊急プロジェクトとして取り組んでいる。地権者など関係者の理解を得ながら迅速に進めたい」と話す。(小野靖久)