有田焼400年

未来へ挑む 第3章 移ろう流通(2)消える専門店員

■奥深さ伝える役目戻る 有田焼商社の関係者は出張先の街で、取引の有無に関わらず、焼き物売り場に立ち寄るときがある。

=400年を支えて=(48) 廣澤益次郎さん(72)有田町

伊万里・有田焼伝統工芸士
■出遅れ 精進重ね挽回 ろくろを本格的に始めたのは20代後半。10代で職人生活に入る人が多い中、異例とも言える遅いスタートだった。「『そんな年齢でか』と何人からも言われた。だけど、どうしてもやりたかった」。

=わが家の器ものがたり=(12) 古舘鴻輔さん(86)=唐津市=

父のひょうたん灰皿 会社譲り作陶に没頭
「うちは息子が25歳になったら、親父(おやじ)は引退して家業を譲るのが家訓だ」。太閤酒造(現・鳴滝酒造)の社長だった父の正右衛門が61年前、私にそう話をしましてね。実印を持ってきて「後は勝手にやれ」と。

400年の群像(5) 有田焼近代化の父

ゴットフリー・ワグネル(1831~92年)
■窯業技術の向上に力 1870年、有田で窯業の技術指導にあたり、石炭窯や呉須に代わるコバルト顔料の導入など有田焼の近代化の道程を示したドイツ人化学者、ゴットフリート・ワグネル。

=わが家の器ものがたり=(11) 江口 裕子さん(73)武雄市

コーヒーセット 母から娘思い受け継ぎ
「佐賀の家に嫁ぐあなたが持ってなさい」。52年前、結婚する時、母がそう言って桐(きり)箱を渡してくれた。中を確かめることなく受け取り、福岡市での新婚生活が落ち着いたころに開けてみた。

=400年を支えて=(47) 福岡友紀子さん(44)伊万里市

伊万里・有田焼伝統工芸士
■陶彫継承、下絵に新境地 ふくおか・ゆきこ 1971年、伊万里市生まれ。東京都立短大を卒業後、美容関係の仕事を経て、21歳で大川内山にある実家の「福岡大五窯」入り。2015年に伝統工芸士(下絵付け)認定。

=わが家の器ものがたり=(10) 村岡 安廣さん(67)小城市

有田焼の文字皿 皿に生きる岳父の精神
この前、探しもので家の棚にしまっておいた陶磁器類を調べていたんだけど、この有田焼の平皿を見つけたのは、そのときだった。「あっ、こんなものがあったんだ」と何げなく手に取って、皿に書かれた言葉を見て目を見張った。

=時空を超えて=(5)色絵宝尽し文八角皿

=有田焼400年=
■風格・品格兼ね備え 将軍家や諸大名・公家への献上品・贈答品として、佐賀藩の藩窯大川内窯で生産された色絵磁器「色鍋島」。

=わが家の器ものがたり=(9) 嬉野廣子さん(76)佐賀市=

職人の皿、飾らず使う夫婦の思い出 焼き物は好きでたくさん買ったけど、普段の食事から使うように心掛けてる。料理の腕はともかくとして、いい器を使うとおいしく感じるでしょ。季節ごとに「その時に合った器で食べる」という感覚。

=わが家の器ものがたり=(8) 原田洋さん(74)唐津市

古唐津の沓茶碗(くつぢゃわん) 「構えていない」というか、「武士の風格のよう」と言ったらいいのか…。魅力を言葉で表現するのは難しいけれど、唐津焼は他の焼き物にはない独特の雰囲気を持っている。

陶器市の人たち (3)窯元の移ろい

■遠慮がちに出店、効用体感 「以前は窯焼きが店を出すなんて考えられなかった。取引先の商社との関係があって、邪魔をしているとにらまれるからね」 古い窯元が立ち並ぶ西松浦郡有田町の黒牟田応法地区。

=わが家の器ものがたり=(7) 藤永正広さん(66)みやき町

■走波焼と祖父 郷土の宝知る機会に 一目ぼれした昔の思い人と偶然に再会した感じだった。これは、亡くなった野田敏雄さんがまとめた『古伊万里再発見』という焼き物の本で紹介されていた花瓶でね。

=わが家の器ものがたり=(6) 矢野善紀さん(66)鹿島市

■初代佩山の色絵皿 誕生祝い貴重な贈り物   この色絵皿は、私が生まれた1949年に焼いてもらった品でね。贈り主は陶芸家の初代松本佩山(はいざん)(1895-1961年)。

400年の群像(4) 陶磁器輸出から炭坑、海運へ

久富与平昌起(1832~71年) 海外に目を向けた「傑物」
江戸末期から明治の初めに有田焼の海外輸出に大きな役割を果たした有田の実業家、久富与平昌起(ひさとみよへいまさおき)。昌起は焼き物貿易にとどまらず、炭坑開発や海運業へと活躍の舞台を広げていった。

=400年を支えて=(46) 石原豊孝さん(47)有田町

伊万里・有田焼伝統工芸市
■新手法「金継手」確立へ 割れたり欠けたりした焼き物を修復する日本の伝統的な手法「金継ぎ」を施したように、花器の表面に縦横に金の線が走る。

=時空を超えて=(4) 色絵花鳥文八角共蓋壺

=有田焼400年=
■柿右衛門様式最大級の壺 濁手素地に映える「赤」 「濁手(にごしで)」と呼ばれる白磁に赤絵具を基調とし、余白を生かした優美な色絵磁器の「柿右衛門様式」。

=400年を支えて=(45) 前田啓輔さん(69)伊万里市

伊万里・有田焼伝統工芸士
■山水を追究「光」も意識 焼き物の世界に飛び込んだ30代から山水画を追い求めてきた。

未来へ挑む 第2章 匠の技(5)安定した産地へ

=有田焼400年=
■大量生産支える型作り 400年の歴史を持つ有田焼が発展を遂げたカギは大量生産の実現だった。それを支えてきたのが、石こうで器の型を専門に作る「型職人」だ。

未来へ挑む 第2章 匠の技(4)職人の魂

=有田焼400年=
■熟練が生む「手のぬくもり」 「昔の職人さんの線は、適度に力が抜けて、生き生きとしている」。西松浦郡有田町の伝統工芸士、岩永千穂子さん(62)は、絵付けを志す若い世代に指導しながら、そう実感することがある。

未来へ挑む 第2章・匠の技(3)生きた線

=有田焼400年=
■分業制繊細な技術磨く 細い線を何本も重ね、息をのむほど精緻な文様を描いていく。吸湿性の高い素焼きに直接筆を走らせる「線書き」。この筆致が作品の出来栄えを決めるだけに、熟練の技が求められる。
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