有田焼400年

=時空を超えて=(8) 染付蒔絵富士山御所車文大花瓶

有田ポーセリンパーク所蔵
■ウイーン万博で日本アピール 明治初期、パリやウイーン、フィラデルフィアなど世界各地の万国博覧会で人気を博し、江戸期に次ぐ“第二の黄金期”を迎えた有田焼。

=わが家の器ものがたり=(21) 藤永勝之さん(72)鹿島市

■退職祝いのつぼ 碁会所に飾り交流潤す 陶器市のテントに並んだ数ある品から、このつぼを見つけたとき、そこだけまばゆく光って見えてね。焼き物好きの妻と「今日は見に行くだけ」って話していたのに、すっかり一目ぼれ。

=400年を支えて=(52) 山口博和さん(68)有田町

伊万里・有田焼伝統工芸士
■力強く繊細に 絵に生気 切り立った崖や遠くの山並み、山肌の松などを迷いなく描き進める。尾根は力強く、木の枝や葉は繊細に。線の太細に気を配り、筆を動かす。「一本の線の中にも強弱がある。

=わが家の器ものがたり=(20) 田中健次さん(57)伊万里市

■陶器の鍋 食卓から家族見守る この有田焼の鍋は、冬になると出番でね。有田警察署(現有田幹部派出所)に赴任していた13年前にいただいたもので、家族でずっと使っている。

400年の群像(7) 卓越した先見性、行動力

香蘭社設立深川栄左衛門真忠(1833~1889年)
■碍子開発で近代化貢献 香蘭社の創業者として幕末から明治に描けて活躍した有田の実業家、深川栄左衛門真忠(ふかがわ・えいざえもんしんちゅう)。

=わが家の器ものがたり=(19) 弥川佐智子さん(73)太良町

■嫁入り道具の皿 もてなし料理に彩り もう50年も前のことになるわね。1966(昭和41)年に結婚したとき、嫁入り道具として、母の三枝(故人)がたくさんの皿を持たせてくれたんですよ。

=400年を支えて=(51) 秋月ちぐささん(67)有田町

伊万里・有田焼伝統工芸士
■私らしさ飽くなき挑戦 「力強いタッチが描けない」-。40代を迎え技術が円熟期に差し掛かったころ、長く悩み続ける日々があった。男性絵付け師のような力強い線を描こうとしても、うまくいかなかった。

=わが家の器ものがたり=(18) 久米義治さん(66)佐賀市

■花器を生かして 我流で生け花華やぐ家 この花器、玄関を入ってすぐが定位置でね。デイサービスに通う母や、帰省する子どもたちが必ず目にする。花を生けて何気なく飾っているだけでも、家の中がぱっと華やいだようになる。

=時空を超えて=(7) 色絵赤玉雲龍文鉢

佐賀県立九州陶磁文化館蔵
■景徳鎮模した“リバイバル” 華やかな元禄文化と合致 華やかな町民文化が栄えた江戸の元禄年間(1688~1704年)、中国・景徳鎮を模した“リバイバル磁器”「金襴手(きんらんで)」が有田で誕生した。

=わが家の器ものがたり=(17) 山下幸子さん(68)長崎市

■「朱赤の丼碗」 懐かしい「おじちゃん」の色 この深みのある朱色の丼碗(わん)は、夫婦の食卓で活躍してもらっている。ラーメンの器とかにぴったり。

=400年を支えて=(50) 角康則さん(54)有田町

伊万里・有田焼伝統工芸士
■磁器製ひな人形原点 毎年春に有田町内一帯で開かれる「有田雛(ひいな)のやきものまつり」で、多くの観光客を魅了する世界最大、高さ2・7メートルの磁器製ひな人形7段飾りの絵付けを手掛けた。

=わが家の器ものがたり=(16) 大石弥生さん(57)佐賀市

■帰ってきた茶わん 息子の修行支え無事に 息子が和歌山県伊都郡にある真言宗の寺「成福院(じょうふくいん)」での4年間の徒弟生活を終え、帰ってきた時のことです。荷ほどきをしていたら、この茶わんと湯飲みを見つけましてね。

=わが家器ものがたり=(16) 大石弥生さん(57)佐賀市

■帰ってきた茶わん 息子の修行支え無事に  息子が和歌山県伊都郡にある真言宗の寺「成福院(じょうふくいん)」での4年間の徒弟生活を終え、帰ってきた時のことです。荷ほどきをしていたら、この茶わんと湯飲みを見つけまして…

400年の群像(6) “実業教育の草分け”

江越礼太(1827~92年)
■日本初の陶芸学校設立 有田小では数十年にわたり、白髭の厳格そうな人物を描いた大きな肖像画が校長室に掲げてある。

=わが家の器ものがたり=(15) 光瀬雅一さん(49)白石町

有田焼400年
■恩師がくれた器 家族の暮らし見つめる有田焼創業400年に合わせ、焼き物にまつわる家族の思い出をたどります。 ランプが描かれたこの有田焼のマグカップはね、20年以上、職場や家でコーヒーを飲むときに使っている。

=時空を超えて=(6) 染付職人尽し絵図大皿

江戸後期、県指定重要文化財、有田陶磁美術館蔵
■江戸後期の政党風景活写 有田焼産業の創造性と深み 江戸後期に制作された「染付職人尽し絵図大皿」(有田陶磁美術館蔵、県指定重要文化財)には、有田皿山で働く当時の焼き物職人たちや製陶工程が描かれている。

未来へ挑む 第3章 移ろう流通(4)新たな取扱店

■外食、雑貨に販路産地守る 「あんまり知られていないことだけど」。こう前置きして、有田焼窯元の原田元さん(54)=西松浦郡有田町=がチェーン店の名前を次々に挙げた。生活雑貨大手にコーヒー店、ファミリーレストラン。

=400年を支えて=(49) 桟美津子さん(56)嬉野市

伊万里・有田焼伝統工芸士
■「釉下彩」で描く四季の花 得意とするのは、素焼きの磁器に色顔料で下絵付けを施し、上から透明の釉薬(ゆうやく)をかけて焼き上げる「釉下彩(ゆうかさい)」。

未来へ挑む 第3章 移ろう流通(3)もてなしの多様化

■旅や食文化変容じわり 地下の倉庫を食器類が埋め尽くしていた。「これがうちの全財産です」。嬉野市の老舗温泉旅館の社長室長、山口剛さん(44)が指さす先には70畳の空間が広がり、5、6段の棚に器が積まれていた。

=わが家の器ものがたり=(14) 西岡明樂さん(65)佐賀市

有田焼400年
■正月の深鉢 もてなす父、誇らしげ有田焼創業400年に合わせ、焼き物にまつわる家族の思い出をたどります。 父の三郎は焼き物が好きな人でね。
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