オーストラリア・メルボルンの若手画家ジャックが描いた絵画『エスキース』。この一枚の絵が、五つの物語を紡いでいく―。
本書は、全国の書店員が一番売りたい本に投票する「2022年本屋大賞」の第2位に輝いた。著者は、「木曜日にはココアを」などで知られる青山美智子さんだ。
物語は、交換留学生としてメルボルンに滞在している日本人のレイが、帰国直前に、画家の卵であるジャックの依頼でモデルを引き受けるところから始まる。
ジャックが描いた『エスキース』はその後、日本に渡り、三十数年の間にさまざまな人々の人生の一場面に顔を出す。そこでは額職人や、パニック障害を発症した女性など、年齢も職業も全く違う人々の営みがつづられる。
エスキースとは、美術用語で下絵を意味する。五つの話に共通しているのは、おのおのの苦悩や葛藤と向き合いながらも、最後は前へ進む姿だ。それはまるで、人生というタイトルの絵画を完成させるべく、キャンバスを滑り出すそれぞれの一筆目を見ているようだった。淡々とした筆致で書かれているため、落ち着いた気持ちで読み進めることができるのも魅力の一つだ。
もうすぐ春になる。進学や就職などで環境が大きく変わる人もいるだろう。そんな時に心にそっと寄り添い、前へ進む勇気を与えてくれる一冊だ。
(PHP研究所/1650円)
(コンテンツ部・池田知恵)