列車を待つJR津久見駅(大分県津久見市中央町)のホームに優しいメロディーが響く。市出身のシンガー・ソングライター、伊勢正三さん(71)が作詞・作曲した「なごり雪」だ。
曲の舞台は東京。伊勢さんは東京から帰郷する人をイメージして作った。だが歌詞を書く際、頭の中には津久見駅のホームの光景が浮かんでいたという。
列車が大分方面へ進むと、約300メートルでトンネルがある。伊勢さんは「自分にとってトンネルから先は違う世界。戻れない、別れを強く意識するものだった」と、曲で表した世界観を明かす。
大分県南東部に位置する津久見市。豊後水道に面し、半島が海を囲うように延びる自然豊かな地だ。市内には鉱山があり石灰石、セメントが基幹産業。ミカン栽培も盛んで、10月ごろから山々にはオレンジ色の果実が電灯のようになる。
なごり雪は2009年、列車の接近を知らせるメロディーとして流れ始めた。当時、駅長だった後藤静昭さん(65)が駅を舞台に生まれた曲と知り、伊勢さんの同窓生らの協力を得て実現させた。フォークソングなどを含む歌謡曲を駅の構内放送に使用する先駆けとなった。
翌年、歌詞と、伊勢さんが古里への思いを詠んだ詩を石板に刻んだ記念碑を駅入り口に設置。碑には市内鉱山の石灰石を用い、市の特色もアピールする。
昨年7月には、伊勢さん愛用の楽器や手書きの楽譜などを展示した資料館「伊勢正三ミュージアム海風音楽庵」が開館。全国から多くのファンが訪れる新名所となっている。
名曲の原点となった古里。その柔らかなメロディーは、駅を行き交う人々を今日もそっと送り出す。
(大分合同新聞社・渋谷優子)
メモ 津久見市へは大分市からJR日豊線で約45分、東九州自動車道で約30分。JR津久見駅の構内放送は午前9時から午後5時までの間、列車が前の停車駅を出た直後に約3分間流れる。海風音楽庵は津久見駅から徒歩5分。