安倍晋三元首相の銃撃事件から8日で1カ月になる。この間、岸田文雄首相は「安倍氏の思いを受け継ぎ、北朝鮮による日本人拉致問題や憲法改正などの難題に取り組んでいく」と表明。安倍氏の「国葬」を9月27日に行うことも閣議決定した。

 安倍氏は首相在職日数が憲政史上最長を記録し、第2次政権では官邸主導の「1強体制」を築いた。自民党の保守系議員らは「安倍氏に代わる指導者はいない」と主張し、「安倍政治の継承と実現」を訴える。

 だが、安倍氏の政策は国民の間に対立を招くものもあり、評価が分かれるのが現実だ。今求められるのは、安倍氏の政策を「遺志」だからと引き継ぐのではなく、安倍政治の是非に関して冷静に総検証することだ。

 安倍政治をきちんと総括した上で見直すべき課題は見直し、未完に終わった課題には、改めて取り組む体制を再構築するのが岸田政権の責任だ。

 岸田首相は参院選後の記者会見で「一番悔しかったのは凶弾に倒れた安倍氏自身だったと思う」と指摘。3日の自民党両院議員総会でも「安倍氏の情熱をいま一度思い起こし、共に力を合わせていかなければならない」と述べた。同日の党の「保守団結の会」では高市早苗政調会長が「志を共にした私たちが政策を実現、発展させていくのが務めだ」と強調した。

 しかし、故人の思いと、政策の是非は切り離して冷静に議論すべきだ。特に、国家の根幹に関わる憲法の改正論議などは、故人の遺志をおもんぱかるのではなく、改憲の必要性について徹底した議論が必要だ。

 岸田首相は改憲について「できるだけ早く国会発議に至る取り組みを進めていく」と表明。自民党が安倍政権時代にまとめた9条への自衛隊明記や緊急事態条項新設など4項目の議論を急ぐと強調している。だが4項目には党内にも異論がある。衆参両院の関係のように議論すべき改憲の課題は他にもあり、遺志に縛られれば、議論の幅が狭められる恐れが強い。

 安倍氏が強く主張した課題には防衛力の強化もある。防衛費の大幅増額や相手国の領域内も攻撃できる「反撃能力」の保有を求めた。岸田政権は年内に予定する外交・安全保障政策の長期指針「国家安全保障戦略」の改定に向けて検討するが、安倍氏の主張が強調され、反対論が封じられることがあってはならない。

 経済政策も同様だ。高市氏らは、安倍氏が主導した金融緩和政策「アベノミクス」の継承を訴え、野党の批判に関連して「岸田首相は振り回されずに、路線継承を決断してほしい」と強調する。首相の政策選択を縛りかねない発言と言える。

 一方、拉致事件のように安倍政権では進展のなかった課題も多い。社会保障制度改革なども中途半端なままだ。取り組みを見直す必要があろう。

 事件を契機に浮上したのが、かつて「霊感商法」で社会問題化した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、自民党議員らとのつながりだ。事件の容疑者は、安倍氏が教団の友好団体と関係していると考え、標的にしたとされる。自民党は党内調査を徹底すべきだ。

 世論調査では国葬への反対が賛成を上回る。安倍政治への評価の対立や旧統一教会の疑惑などが、背景にあるのではないか。安倍政治の総括は日本政治に不可欠の課題だ。(共同通信・川上高志)