内々の話が交わされる会合の取材では「頭撮り」だけが許可されるケースがある。最初の数分間、撮影のために公開され、その後は退出。報道陣は会議が終わるまで部屋の外で待機する◆そんな時は「壁耳(かべみみ)をしろ」と先輩記者から教わった。出入り口の扉や壁に耳を当て、部屋の中の会話を聞く。つまりは“盗み聞き”である。その後の取材に役立てるのが狙いだが、ほとんどは何も聞こえず徒労に終わった◆滋賀県甲賀市で、江戸時代の忍術書「間林清陽(かんりんせいよう)」の写本が見つかったという記事を読み、若い頃の記憶を思い起こした。忍術書には「音を聞くには戸尻(戸の末端)に耳を当てるとよく聞こえる」とある。盗み聞きにも術があったようだ◆写本は48カ条の忍術を記載。大勢の敵に囲まれた際の戦い方や夜に刀を使う場合の身のこなし、音をたてない履物の作り方、さらには番犬にほえられない呪術まで載っているという。時代劇でしか知らない忍者の世界が現実感を増して、想像が膨らんだ◆壁耳の成果はなく、忍の一字で待っていたが、優秀な記者は忍者のようにどこかで誰かから聞き出して中身の濃い記事を書いた。情報公開が進み、取材手法も変わったとはいえ、こっそりと教えてくれる人脈の大切さは変わらない。記者に限らず、仕事ができる人は人とつながる術を備えている。(知)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。