昨年夏、新型コロナウイルスまん延下で開催された東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会が公式報告書を発表した。組織委は、困難を乗り越えて「大会を引き継ぐ責務を果たした」と総括したが、無観客で盛り上がりに欠けた大会にかかった労力、経費はあまりにも大きい。あらためて巨大イベントの開催意義を問い直したい。

 前例のないコロナ禍により、当初予定から1年延期された大会の開催には異論も噴出していた。それでも、報告書は「必要な対策を徹底して講じ、安全・安心に運営を行うことができた」とした上で「世界の関係者から、東京、日本だからこそ開催できたとの高い評価を受けた」とも自賛している。

 共同通信社の世論調査でも開幕前(昨年5月)には大会中止を求める声が約60%もあったが、五輪閉幕直後(同8月)には一転、約63%が「開催してよかった」と回答していた。史上最多メダルを獲得した日本選手の活躍もあって、一時的に評価が上がったといえる。

 しかし大会から間もなく1年。コロナ禍は収束せず、首相は交代し、国際情勢も激変して、もはや五輪の余韻を感じる余裕はない。

 感染対策により大会施設は隔離され、市民との国際交流の機会もなかった。戦後復興への手応えを確かに感じた1964年東京五輪とは違い、人々の記憶に刻まれたシーンは希薄だ。

 閉鎖された会場内には多くの人がいた。報告書によると、大会身分証の発給枚数は五輪で計約41万5千枚。選手、役員は2万8千人程度だが、放送を含む報道陣が約2万人、スポンサー約4万3千人、ボランティア、警備を含む大会スタッフ約32万人などだ。祭典の肥大ぶりを象徴する数字だ。

 大会経費は総額1兆4238億円と報告された。組織委は簡素化により経費削減に努めたと強調。収支決算上の赤字は回避した。それでも開催経費は招致時に見積もった7340億円の2倍近くに膨らんだ。経費のうち国と東京都による公費の割合は55%。負担に見合う遺産は何か、それをどう生かすか、を検証する必要がある。

 大金をかけた新設施設の「ポスト五輪」は多難だ。国立競技場は民営化して収益を生む計画があるが、進んでいない。当初設計にあった天井が取り除かれ、陸上・球技兼用なのも使い勝手が悪い。維持費の垂れ流しが続く恐れがある。多くの施設に同様の問題がある。

 大会エンブレムの盗用問題や、組織委会長(当時)の女性蔑視発言による辞任など準備段階で噴出した不祥事について、報告書は詳述していない。大会の延期、強行開催の決定についても、経緯をなぞっただけで説明が不足している。

 大会前には国際オリンピック委員会(IOC)の独善性が批判された。民間機関の調査では、IOCの信頼度は1割台まで低下した。国内には「五輪への負のイメージ」が傷として残っている。

 東京大会の総括、検証が曖昧なまま、2030年冬季五輪開催地に札幌市が立候補している。地元の招致熱は盛り上がらず、最近の市民アンケートでも開催賛成は半数をわずかに超えただけ。招致に成功したとしても、東京と同じように住民の支持が得られない行政主導が続くなら、五輪の真の復権は困難だろう。(共同通信・荻田則夫)