
「夢」を語る姿が印象的だった。『塞王の盾(さいおうのたて)』で直木賞に輝いた作家の今村翔吾さんが、5月10、11、15日の日程で佐賀を訪れた。前代未聞の全国行脚「今村翔吾のまつり旅」の一環で、ゆかりある佐賀に今村さんが帰ってきた。
武雄高校で高校生に夢を語り、佐賀市の紀伊國屋書店佐賀店やTSUTAYA積文館書店佐大通り店で書店に感謝を伝えた佐賀の旅。伊万里や有田にも足を運び、時には予想外のピンチに見舞われ、文芸ファンから手作りの熱烈な歓迎を受けた。
熱く行動する作家として新たな時代の人気作家像を打ち立てた、旅の模様を伝える。(花木芙美)
今村さんは2016年、九州さが大衆文学賞(佐賀銀行、ミサワホーム佐賀、柿右衛門文化財団・日本、佐賀新聞社でつくる九州さが大衆文学賞委員会主催)で大賞の笹沢左保賞を受けた。梶よう子さんら多くのプロ作家を送り出した中で、今村さんは大賞受賞者として初めての直木賞作家になった。
直木賞には、3度の候補を経て受賞に至った。19年に『童の神』で初めてノミネートされたときは、佐賀新聞社の編集局が沸いた。会見会場近くで発表を待つ、いわゆる“待ち会”に東京支社の記者も行った。選には漏れたものの「何度倒れても立ち上がる」と作品同様に熱い意気込みを語ってくれた。
祈る気持ちで共同通信社からのニュース配信に耳を澄ませた翌年の『じんかん』、そして3度目のノミネートで念願かない受賞した『塞王の楯』。そのたびに今村さんは佐賀新聞社にコメントを寄せ「また佐賀に行きたい、呼子でイカを食べたい」と言ってくれた。
そして待ちに待った「まつり旅」だ。全国から「ぜひうちにも来てほしい」と次々に手が上がる中、佐賀からの応募件数は「地元滋賀を除けば、上位3位以内の多さ」だったという。
初日の10日は、佐賀市の嘉瀬公民館で嘉瀬町づくり協議会が今村さんを迎えた。訪れた場所にはサイン入りの「まつり旅」オリジナルステッカーを手渡し、特製ワゴン車の表に寄せ書きをしてもらう。「ありがとう、今日からの力に! 嘉瀬老人クラブ」の文字が、白い車体に加わった。

夕方は「おへそ学童場」で児童に語る。会場に着いた今村さんは動揺した。「子ども相手とは知らなかった。この旅始まって以来の大ピンチだ」
小中高生にダンスを教えた経験を持つ今村さんは「幼い子を長時間飽きさせない」ことの難しさを身をもって知っている。昔話の「桃太郎」を題材に、川から流れてくる物や仲間になる動物を自分たちで考えるワークショップが始まった。
「何が流れてきた?」と問うと、子どもたちはわれ先にと「ブドウ!」「顔!」と声を上げた。今村さんは「ブドウか、どれに子どもが入っているのかな。あ、一粒流れてきたの? 顔、顔かあ…」などと応じながら、子どもたちを盛り上げていく。ホワイトボードにかき出したたくさんの候補を、多数決などで絞り込んだ。結果、「川から流れてきたチョコボールから生まれたチョコボール太郎が、『梅干しをあげる、鬼退治に行こう』ホワイトタイガーたちを誘い-」という物語が出来上がった。
今村さんは「こんな風に何百、何千の候補を考え、一番いいものを選んで物語をつくるのが小説家の仕事です」と締めくくった。子どもたちから拍手が巻き起こり、今村さんは額の汗を拭った。
11日は佐賀新聞社のほか、佐賀市のTSUTAYA積文館書店佐大通り店と市立図書館、紀伊國屋書店佐賀店と佐賀ミステリファンクラブを訪れた。滞在時間30分の場所も含め、1日5カ所を巡る大車輪の活躍だ。
紀伊國屋書店のトークショーで小城市の山内茂乃さんは、今村さんの話に涙を流した。ダンスを教えていた生徒とのエピソードを聞き「先生の温かさが伝わって感動した。有言実行でかっこいい」とこぶしを握りしめた。
佐賀ミステリファンクラブは、コアなミステリファンの集まりとあって、話は創作手法にも及んだ。物語の熱量を自身の特性と捉え、プロットをつくらず書き上げることで、ダイナミックな躍動感を生み出しているという。
「この旅で多くの人と出会い、光景や言葉をインプットしている。帰ったらきっと自分はめちゃくちゃパワーアップしている」と話し「司馬遼太郎や池波正太郎と戦うつもりで書き続ける」と目標を打ち立てた。これまで数多くの作家を迎えてきた名物書店員の本間悠さんは、サービス精神な今村さんの人柄に「会ったらみんなが好きになっちゃう」と拍手を送っていた。

佐賀新聞社で開かれたサイン会で、先ほど紀伊國屋書店にも来ていた女性に会った。聞くと広島県から車で遠征していて、講演を聞くのは5度目だという。「物心ついてから九州に足を踏み入れたのは初めて」と話し、「今回は日帰りで観光ができなかったので、改めて佐賀に来たい」と言ってくれた。今村さんがつないでくれた新たな縁だ。
そして迎えた佐賀巡りの最終日の15日。記者は伊万里市民図書館からワゴン車に同乗し、西松浦郡有田町の炎の博記念堂と武雄市の武雄高の講演会に同行した。
車内には特注のパソコン台を設置し、移動中は執筆に時間を費やす。新聞小説など7本の連載を抱え、月に約300枚を書くというから相当な量だ。テーブルの上には爽快感が売りの目薬が転がっている。

車に乗り込み、講演前に書いた内容を確認して続きの執筆に取りかかる。SNSで読者の声を確認する。秘書の女性と、行く先々で撮影する動画の内容について相談していた。
車内での一幕。
今村さん「佐賀で焼き物を買いたいな、俺の唯一の趣味だからじっくり選びたい」
秘書「今回は時間がありません」
秘書の若い女性は、小学4年から高校1年まで今村さんにダンスを習っていたという。ワゴン車のハンドルを握って全国を飛び回り、それぞれの場所で異なる滞在時間や所要時間を完璧に把握してスケジュール管理を行い、現場ではサインのアシストや主催者との折衝に当たる。
今村さんが「今度『セブンルール』(関西テレビ系列で放映されているドキュメンタリー番組)に出してもらおうと思ってんのや」と話すように、今村さんの片腕として活躍するその手腕には目を見張るものがあった。
伊万里市民図書館では「まつり旅」にちなんで、職員手作りのみこしが今村さんを出迎えた。講演会場にはファンレターを受け付ける箱と用紙が設置され、来場者らが思いをしたためた。箱には鴻上哲也館長の「今村さんの無尽蔵のパワーに接することができて幸せです」とのメッセージが添えられていた。

炎の博記念堂では、「まつり旅」オリジナルのTシャツを着たスタッフ、今村さんのデビュー作『羽州ぼろ鳶(とび)組』のタオルを巻いたスタッフが待ち受けていた。青いオリジナルTシャツは15枚しか作られていないレア物だという。
記念堂の入り口に設置した「まつり旅」ののぼりは「よそでも使ってもらえるように、日付や場所を入れませんでした」という。軽量で小さく折りたためるのぼりをセレクトしたのも、旅の途中でなるべく荷物が増えないようにとの気遣いだ。
観客席の間を通って講演台へ続く通路には、レッドカーペットが敷かれていた。今村さんが入場すると、軽快な出囃子(でばやし)が場を盛り上げる。マイクがある席の背後には金びょうぶが据えられ、お祝いムード満点だった。
武雄高校は、この旅で初めて訪れる高校だ。北村敬校長は「ダメ元での応募だった。まさか来てくれるとは」と、マスクの上からでも分かるほど喜色満面の体で歓迎した。
多くの生徒たちに聞かせたい、しかし新型コロナウイルス禍で“密”は避けたい。それらを両立するため1、2年生だけ体育館に集め、3年生は教室のモニターで聴講した。

始めは緊張の面持ちだった生徒たちも、今村さんの親しげな態度に表情がゆるんできた。「北方先生に『3カ月で書けるか』って聞かれて、男を試されてると思って。『1カ月で十分です』って言っちゃったんよ」。関西弁でテンポ良く語りかける今村さんの軽快なトークに、笑いが起こる。
「『夢はかなう』と言う大人が減った。君たちも『かなう確率は100%じゃない』と分かっているし、これからそれを知っていくことになる。『夢はかなう』と言っていいものか迷った」
今村さんが、この旅の大きな目的を語り始めた。「それでも僕は『夢はかなう』と光の部分だけを語り続ける大人になりたい」と訴える。「夢をかなえるには、努力も運も必要。僕は努力で運を引き寄せたと思っている。君たちも何でもいいからなりたいもの、やってみたいものを目指して頑張って」と呼びかけた。
3日間の県内行脚で感じたのは、自らにハードルを課して乗り越えてきた今村さんの意志の強さだ。それは今村さんが紡ぐ多くの物語に登場する男たちの熱さそのままだった。「直木賞作家」という新たな肩書を得たことで、その熱気と輝きは、さらに説得力を持って遠く隅々にまで届くようになった。
連載7本とレギュラー番組1本を抱えて全国くまなく飛び回る、耳を疑うような計画を打ち上げて実行する。はじけるような笑顔で夢を語って人と親しみ、自身の熱を広げていく。

子どもたちは夢を形にする今村さんから力強いメッセージを受け取り、書店員らは今村さんが「町に本屋を」と汗を流す姿に勇気づけられただろう。それは文字以外の手段も用いて人の心を揺さぶる、今までにない新たな人気作家の姿だった。
武雄での講演を終え、今村さんを乗せたワゴン車は長崎県へ向かった。旅は9月24日に山形県新庄市でゴールするまで続いていく。
今村さんは「1、2年のうちに、縁ある佐賀とまた一緒に何かしたい」と話していた。有言実行の人、きっとそうしてくれることを信じて。(花木芙美)
【今村翔吾さんプロフィル】
いまむら・しょうご 1984年、京都府生まれ。ダンスインストラクターなどを経て、2016年に『狐の城』で第23回九州さが大衆文学賞大賞(笹沢左保賞)受賞。19年に『童の神』、20年に『じんかん』で直木賞候補になり、22年に『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した。21年から大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」の経営を継承するなど、多彩な活躍を見せている。