「泥棒」と「悪口」のどちらが悪いか。作家の三浦綾子さんは「悪口の方が罪が深い」と語っていた。悪口は人を死に追いやる時があるから、という。言った方は忘れても、言われた方は忘れないことがある。何気なく使う言葉さえ、そんな危険をはらむ。悪意のある言葉は犯罪といえる◆インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策で「侮辱罪」を厳罰化する改正刑法が今国会で成立した。憲法が保障する表現の自由を制約するのではという懸念はあるものの、プロレスラーの木村花さんが亡くなった2年前の事件をはじめ、匿名性が強いネットの世界はやはり怖い◆もちろん、正統な批判と悪口の線引きは難しい。ただ、コロナ禍に見舞われた頃、「ノーマスク」への批判や「自粛警察」など「同調圧力」が強くなっていた気がする。三浦さんは「人は二つの尺度を持つ。同じ行為でも他人は悪いが、自分はそう悪くないと感じる」と指摘する。つまり、自分の過失と他人の過失をとがめる尺度は違うということだろう◆侮辱罪の厳罰化は絶対に守るべきルールとして自分の言葉に責任を持とうという意味だと思う。ネットにあふれるさまざまな意見、考えを否定しようとは思わない。ネットに救われることもあるだろう◆言葉は生き物。どんな命を吹き込むか、書き記す前によく考えたいと思うだけである。(義)

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