岸田文雄首相はシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で基調講演した。ロシアのウクライナ侵攻は対岸の火事ではないとして、中国を念頭に「アジアに迫り来る挑戦・危機にこれまで以上に積極的に取り組む」と述べ、海洋秩序維持に向け、各国に巡視船供与や海上輸送インフラ整備の支援をすると表明した。

 首相が講演で「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と危機感を表した言葉は、参加者に強く印象付けられたようで、翌日、オースティン米国防長官の講演後の質疑でも取り上げられた。

 ウクライナ侵攻を受けて日米同盟を基軸に防衛を重視する考えは理解できるが、危機回避には対話が不可欠だ。首相は講演後の質疑で、中国と「建設的で安定的な関係を築く」と述べた。それを行動で示してほしい。

 中国の魏鳳和国務委員兼国防相の講演では軍事力の強化を巡って質問が集中。「目的は平和維持であり、脅迫や侵略に使ったことはない」とかわしたが、言葉通り信頼されるには透明性を高めなければならない。

 この会議は英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)が2002年からシンガポールで主催。各国の国防相や軍関係者が出席し、2国間会談の機会にもなる。

 今回はオースティン氏と魏氏の会談が実現。バイデン米政権下で初の対面による米中の国防トップ会談だった。岸信夫防衛相も魏氏と会談した。日米韓の防衛相会談も行われ、北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射に対処するため3カ国の共同訓練再開の方針で一致した。

 日本の首相が基調講演をするのは8年ぶりで、首相は「平和のための岸田ビジョン」を発表。「自由で開かれたインド太平洋」「日本の防衛力の抜本的強化」「核兵器のない世界に向けた取り組み」「国連改革」「経済安全保障」の5本柱を示した。中国の名指しは避けつつ、台湾海峡の平和と安定が重要だと強調し、東シナ海での現状変更への試みを批判した。

 首相は3月にインド、カンボジア、4月末からインドネシア、ベトナム、タイを相次ぎ訪問した。インド太平洋地域で外交に力を注ぐのには理由がある。

 新型コロナウイルス禍で「ワクチン外交」を展開した中国の存在感が、この地域で強まる一方だからだ。外務省が東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国で実施した21年度の対日世論調査では「今後重要なパートナーになる国」として日本が首位から転落し、初めて中国がトップとなった。

 中国は太平洋に多数ある島国でも影響力を増し、4月にソロモン諸島と安全保障協定を締結。衝撃を受けた米国やオーストラリアは巻き返しを狙い、首相も講演で「ASEANと並んで太平洋の島国も大切なパートナー」と持ち上げたが、支援の具体化を急ぐべきだ。

 会議では、多様性が大きいアジアを日米が重視する「自由」「民主主義」の価値観でまとめることの困難さもうかがわれた。インドネシアのプラボウォ国防相は「領有権など対立はあっても、中国が台頭して、歴史的にアジアをリードしてきた地位に戻ることは尊重する以外ない」と断言した。

 ウクライナ侵攻の影響で途上国が直面している食料・エネルギー危機への強い懸念も共有された。各国の実情に合ったきめ細かな支援が必要だ。(共同通信・上村淳)