坊主町の旧藤田家住宅

 旧藤田家住宅は坊主町交差点から一本西の通りに建っています。坊主町という名は御殿勤めの茶坊主が住んだことから。建築家の辰野金吾や岡田時太郎の生地もこの近くでした。

 藤田家住宅を建てた藤田國一(くにいち)は1887(明治20)年、西有田で生まれました。両親は農業のかたわら松の薪(たきぎ)を窯元に納めていました。長じて國一は有田の蒲地(かもち)質店に勤めに出ました。蒲地家は佐賀銀行の前身の一つ・洪益(こうえき)銀行を創設。地域の青年の教育や有田の近代化に力を注いだ一族でした。

 蒲地幸吉のもと仕事の一切を学んだ國一は同郷の松村み乃と結婚。1910年前後に西唐津の大島通りの日の出屋の向かいに藤田質店を開きます。石炭の積出港として石炭や水を求める外国船が次々と入港し、西唐津は活況を呈していました。

 1914(大正3)年に生まれた長男の文雄が唐津中学に通いやすいよう國一は1925年、坊主町に藤田家住宅兼質屋を建てました。近くには唐津女学校の建つ明るい文教地区でした。家の構えは有田の蒲地質店を参考に造られ、1階に店、2階に質倉、防火防犯に配慮した堅牢な外観と質屋の特色は今も保たれています。

 國一は1951(昭和26)年に64歳で他界。文雄は妻マツ子と1986年まで質屋を続け、2006(平成18)年頃まで父の建てた家を愛して住み続けました。

 現在、この建物は波戸岬など全国でアウトドア施設を運営するVILLAGE INC.(ヴィレッジインク)の九州の拠点として活用されています。地元高校生の居場所づくりを行うNPO法人Wed(うぇど)も入居中。月に1度の高校生カフェChill Timeは次回7月24日、8月21日に開かれる予定です。

 

文・菊池典子

絵・菊池郁夫

(NPOからつヘリテージ機構)