音成日佐男さん

 創業134年目を迎えた老舗の「旅館あけぼの」。明治時代、長崎街道の旅籠から出発し、夭折の画家青木繁をはじめ、名横綱大鵬、初代若乃花、往年の二枚目スター長谷川一夫ら、そうそうたる著名人から定宿として愛されてきた。

 「うちの創業は大隈重信や勝海舟、福沢諭吉、夏目漱石らが活躍、存命していた時代。その老舗で働き、伝統に貢献する誇りと、お客さまを幸せにするとの目標を忘れることなく、ご精進ください」。創業記念日に社員へ向けたメッセージにも伝統に対する責務と感謝がにじむ。

 佐賀を代表する文化人としても知られた。「佐賀人は真面目すぎますから」。1995年、佐賀市文化会館の館長だった故・貞森比呂志さんと、洒談呆人(しゃだんほうじん)「佐賀ユーモア協会」を立ちあげ、笑いを通じた明るい地域づくりを推し進めた。

 常にほほ笑みを絶やさず、にこやかに駄じゃれを飛ばす。「みんなを楽しませたくて、苦しいところも笑いに変えていましたね。でも、本当はやっぱり根が真面目で、とても繊細な人でした」と、47年連れ添ったおかみの洋子さん(73)は打ち明ける。

 「老舗らしく『和』のイベントで勝負しよう」と、夫婦で落語会「あけぼの寄席」を企画した。手探りだったが、人間国宝の柳家小さん師匠をはじめ、鈴々舎(れいれいしゃ)馬風師匠ら人気落語家たちが駆けつけてくれた。コロナ禍で中断するまで33回開き、本場の寄席の雰囲気を届け続けた。

 落語など江戸文化の魅力を「江戸の庶民は、人生を楽しもうという幸せ感にあふれているんです」と語ってもいた。

 来年4月、長女の亜美さん(46)が次の社長に就任する。「父は江戸時代を環境にやさしいサステナブル(持続可能)な社会だったと話していた。伝統を踏まえて、サステナブルな情報も発信したい」と遺志を継ぎ、いずれは寄席も再開させるという。

 亡くなる前日、4歳、6歳、8歳の3人の孫たちと、桜の名所神野公園へ花見に出かける約束をしていた。「時間を戻せたら、じいじともっと遊べたのに」。幼い孫たちに見守られ、洒脱(しゃだつ)な文化人は満開の桜の季節に逝った。