学校での「いじめ」がなくならない。北海道旭川市で昨年3月、当時中学2年の女子生徒が凍死した状態で見つかった。第三者委員会によるその後の調査で、「いじめ」というより「犯罪」といえる行為が認定された。断定はできないものの、女子生徒はいじめに耐えられずに死を選んだのではないだろうか。同じような悲劇を何度繰り返せば済むのだろう。もし今、いじめに遭っている子どもがいたら、本人も周囲も、迷わず親や先生に相談してほしい。

 「夜回り先生」と呼ばれ、悩める子どもたちの相談活動などを続けてきた教育評論家の水谷修さんは、いじめを三つの領域に分ける。それは「不健全な人間関係」「人権侵害」「犯罪」だ。

 「不健全な人間関係」とは無視したり、悪口や陰口を言って中傷したりすること。これがエスカレートすれば「人権侵害」となり、暴力や金品要求などが伴えば「犯罪」となる。学校で対処し、責任を持って解決できるのは「不健全な人間関係」までで、犯罪になるまで気づかなければ学校だけで解決せず、警察など専門機関に介入してもらうべき、という指摘はなるほどと思える。

 つまり、いじめがエスカレートする前の「芽」の段階で摘み取ろうということだろう。これなら、教師の力で解決できるように思う。する側がいじめとは思わない、ちょっとした意地悪でも、受けた側が「嫌」と思えばいじめである。その子の表情が暗く、元気を失っていないか、注意深く観察すれば気づけるだろう。対策の一つはやはり、早期発見と思う。

 周囲の児童・生徒たちの勇気も大切だ。カナダでは、毎年2月の最終水曜日が「ピンクシャツデ―」に定められている。

 きっかけは2007年、カナダのノバ・スコア州に住む一人の9年生(中学3年)の男子がピンクのシャツを着て登校したら、ホモ・セクシュアルといわれ、暴力まで受けるいじめに遭った。それを知った同じ学校の12年生(高校3年)の2人が町中を走り回ってピンクのシャツやTシャツを買い求め、メールなどで友人たちにそれを着て登校してくれるように頼んだ。次の日、学校はその数をはるかに上回るピンクのシャツや小物を身に着けた生徒たちであふれた。以来、この学校でいじめはなくなったという。

 いじめは加害者、被害者、観衆、傍観者の4層構造といわれる。観衆は、はやしたて面白がっていじめを見ている子ども、傍観者はいじめに気づきながら見て見ぬふりをしている子どものこと。観衆は当然のこととして、見て見ぬふりをする傍観者も結局、いじめに加担しているのと同じとされる。滋賀県大津市の中学2年の男子生徒が自殺し、「いじめ防止対策推進法」が制定されるきっかけとなった2011年の事件では、いじめに気づいて何の行動も起こさなかった生徒が罪の意識にさいなまれたという。仕返しを怖がる子どもは多いようだが、迷わず相談してほしい。報告を受けた大人が責任を持って守り、子どもの信頼を取り戻さねばならない。

 いじめる側も家庭環境など何らかの事情を抱えているかもしれない。周囲の大人が一人一人の長所を見つけて褒めてあげる。子どもが自己肯定感を高めるような信頼関係を構築する。時間がかかるように見えて、いじめ根絶への近道かもしれない。(中島義彦)