「見ている人が楽しく和んでもらえる絵」をコンセプトに、ゆるやかで愛らしいイラストレーションを描く佐賀出身のミヤタチカさんは、イラストレーターとして東京を拠点に雑誌や広告、絵本などで活躍している。
 中学で一度イラストレーターへの道を夢見るも、中・高では陸上に時間を費やし流れで大学に進学。しかし、イラストレーションを描く楽しさを忘れられず、大学卒業後、再びイラストレーターになることを決意する。
 28歳でイラストレーター1本で生活することを目標に掲げ、福岡で活動を始めてから10年で目標を達成した。右も左もわからない状態でスタートしたミヤタチカさんが、どのように大手企業から仕事を依頼されるようになったのか、イラストレーター1本で生活できるまでを聞いた。

 

現在の活動

 

 2008年に上京してから東京を中心に活動し、東京メトロ駅構内に置かれているフリーペーパー「メトロポリターナ」で、マップの上に建物や人のイラストレーションを描いている。不定期で女性雑誌「an・an」や「Ginza」、健康雑誌「Tarzan」、NHKの園芸雑誌、本の挿絵や絵本などを手がける。
 「自分らしい絵で活動したかった」-ミヤタさんは、イラストレーターを紹介する本

 

「イラストレーションファイル」の編集長に「掲載してほしい」と何度も頼みに行った。すぐには掲載してもらえなかったが、掲載後は作品を見て依頼が増えた。
 「自由にしていいよと言われる仕事が楽しい」。自分の作品を知っている人からの依頼だとやりやすいが、自分の絵柄とは合わない仕事が来ることもあり、普段描かない7等身の絵を描いたこともある。
 絵の描き方を紹介する本「描きたい絵がスイスイ描ける お絵描き辞典(誠文堂新光社)」を2013年6月に出版した。動物や人、服、建物、食べ物などジャンルを問わず2037点のイラストレーションとその描き方を紹介している。現在、韓国と台湾でも出版され、フランスとアメリカと中国での出版が決定している。
 絵を描き慣れていない人でも描きやすいように、順番を考えながら線を少しずつ加え、スタートから完成までのイラストレーションを複数描いた。佐賀玉屋の建物や鳥のかちがらす、佐賀の七賢人など、佐賀にちなんだイラストレーションも掲載されている。半年で膨大な数のイラストレーションを描き、「眠れなかった」と苦労を打ち明けた。「自分でも資料にできる物を」と制作した本で、現在も仕事中に開く。
 さらに今年5月、動物に焦点を当てた描き方の本「ミヤタチカのお絵描き動物園(玄光社)」を出版。ペンギン11種類を描いたり、アフリカライオンとインドライオンの違いなど描き分けの細かい部分に焦点を当てた本になっている。すべて色鉛筆で制作。

 

 2年前、佐賀市の「PERHAPS GALLERY(パハプスギャラリー)」で、佐賀で初の個展を開いた。オーナーとは高校からの知り合いで、縁があって呼んでもらった。ここで飼われている亀のつるべえもお絵描き動物園に掲載されている。去年は鹿児島出身でHBギャラリー(東京)のオーナーに紹介してもらい鹿児島でも個展を開いた。
 ミヤタさんの作品は日常生活から得たこと

 

を反映させた物が多い。人間観察が好きで、面白い人を見つけるとイラストレーションでメモをしている。雑誌や絵本などの他にも、個人的に作りたいと思ったものは何でも挑戦している。最近はプリントTシャツや、波佐見焼きの「essence」という会社で皿や調味料入れにイラストレーションを描き、花瓶には佐賀の七賢人を描いた。
 「ティッシュの箱に絵を描く」ことが10年来の夢。福岡時代、ティッシュのメーカーに問い合わせたが「個人とはやっていない」と断られ、東京に移って再度連絡すると、ちょうどその時に線画だけを描いていた時期で「カラーだったら」と断られた。
 HBギャラリーのオーナーに「線画の人に

 

なりたい」と相談すると、「3年間は色を封印しなさい」と言われ、しばらく線画だけの活動をしていた。その時に「線画で色を感じさせる絵が良い線画だ」という言葉が心に深く刺さり、そのことを意識しながら3年間描き続けた。こうしてキャリアを積み上げた今、もう一度ティッシュのメーカーに連絡しようと虎視眈々とねらっている。
 “自分の好きなことが、自分の生活に直接つながる”ことはすごく幸せなことで、個展を開いていると友達や懐かしい人と会うこともできて、やってて良かったと思う。「本見て面白いと言ってもらうとうれしい」と目を輝かせた。


突撃のミヤタ

 

 大学卒業後、イラストレーターとして食べていくことを決意したミヤタチカさんは仕事探しを始める。右も左もわからずにいると、初めて仕事を依頼された「五六正明(ふのぼり・まさあき)事務所」の五六さんの助言で、名刺を作ってさまざまな事務所を紹介してらった。
 「表に貼ってある広告の仕事はどこでもらえますか」-ミヤタさんは街角で気になるポスターやポップを見つけると迷わず突撃した。福岡市のイムズでは、受付嬢が内線で担当部署に連絡し、デザイン事務所を確認してメモを渡してくれた。すぐに電話し、後日イラストレーションを見せに行った。その場では仕事はもらえなかったが、1年後にバレンタイン&ホワイトデーの館内ポスター、リーフレットの仕事が来た。吹き抜けに自分の絵が大きく貼り出され、ポスターを見る人やリーフレットを手に取る人を、影からこっそり眺めていた。「それはそれはうれしかった」と今でも鮮明に覚えている。
 他にも個展を開く際、自分が好きなデザイナーにDMや手紙に作品を添え送っている。雑誌「Ginza」の作品を送った時はビンの絵を目にとめてもらい、仕事をもらうことができた。とにかくやれることはやらなければと積極的に行動する。
 現在はイラストレーターの仕事だけで生活できているが、2003年から10年はバイトもしながらの活動だった。イラストレーター1本で食べて行くにはどうしたらいいか考えた時に、好きなイラストレーターの安西水丸(あんざい みずまる)さんが東京で教室を開いてるのを知り2008年に上京した。その後、同じようにイラストレーターを目指している人や知り合いが増え、たくさんの縁ができて今があると感じている。「本当にありがたいことです」と振り返る。

 

ミヤタチカノカタチ

■忘れていた夢

 小さい頃から絵を描くことが好きだったミヤタさんは、絵を描いて友達に渡したり、好きな歌の歌詞を描いたりして友達の家に飾ってもらっていた。中学時代の文集に「イラストレーターになりたい」と書いたが、中学から始めた陸上にはまって高校まで中・長距離をひたすら走って、夢のことをすっかり忘れていた。

 


 福岡大学人文学部文化学科に進学し、自分で作った器でご飯を食べようと美術部に入部して陶芸を始めた。出合った友人に画像編集ソフト「Photoshop」を教えてもらい、自分で描いた絵が簡単にポストカードになることを知り、寝る間も惜しんで量産した。
 福岡市博多区のアジア美術館の屋上で開催されたアートフリマにポストカードや缶バッジ、針金で制作したキリンのオブジェなどを販売するうちに、あらためて絵を描く楽しさを思い出したミヤタさんは再びイラストレーターへの道を歩み出す。
 卒業後、どうしたらイラストレーターになれるのか考えた時、福岡のデザイン会社に作品をまとめたファイルを預けると、クライアントから仕事を依頼してもらえると美術部の先輩から聞いて早速動いた。預けて約半年後、初仕事の依頼がはいる。JR水前寺駅ビルのオープンを告知する電車の中吊り広告で、ミヤタさんの絵をそのまま使用したいとのことだった。仕事が形になったことを実感し、本格的にイラストレータとして食べていくことを決意した。

■竹のペン

 さまざまなサイズの竹を組み合わせて作られる竹のペン。万年筆に似ていて先端を耐水性のインクに付け足しながら描く。ミヤタさんは割り箸のペンやアシのペン、ガラスペンなどを使ってきたが、竹のペンが一番“持ち”が良く、一つの絵を描くときにインクを付け足す回数が少なくて済むという。インクののりが悪くなると先端をヤスリで整えながら、大切に使っている。

 

 福岡市のヴァルトアートスタジオが開いている絵の教室に通っていた時はアシのペンを使っていたが、持ちが悪く線が長く引けなかった。そこで、スタジオのオーナーが手作りして勧めてくれたのが竹のペンだった。それから10年、ずっと愛用している。

 

★書籍紹介

 

・ミヤタチカのお絵かき動物園/玄光社
ゆるく楽しい描き方レッスン

・お絵かき辞典/誠文堂新光社
描きたい絵がスイスイ描ける

クリエイターを目指すみなさんへ

 あきらめないことが一番。やりたいことをずっとやりたいと言い続ければ、誰かが手伝ってくれる。あきらめたらそこで終わりなので、やり続けることが大切。

 

 

ミヤタチカ(34)

 佐賀市出身。東京を中心にフリーランスイラストレーターとして活躍。東京メトロのフリーペーパー「メトロポリターナ」や人気雑誌「an・an」、「Ginza」、「Tarzan」、書籍の挿絵や絵本などを手がける。車のCMにもイラストレーションが起用された。ポストカードや花瓶の絵付け、布に絵を描くなど幅広いジャンルで作品制作に挑戦し、個展を開いている。

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