武雄市出身の映像ディレクター・小島淳二さん(49)は、誰もが1度は目にしたことのあるテレビCMなどを手がけるプロフェッショナル。資生堂やトヨタ自動車など大手企業のテレビCM、人気アーティストのミュージックビデオ、テレビ番組のタイトルなど、映像作品における企画、演出、制作で広告業界を支え、商品やアーティストたちを表舞台へと送り出す黒子役に徹する。
 映像制作の道を選んだ理由や制作現場、プライベートや武雄高校時代の思い出などを聞きに、福岡市早良区の事務所を訪ねた。
 

◆やりたいことをコツコツと 時代が後押し

キリンジのミュージックビデオ「ナイーヴな人々」

 小島さんが映像制作に興味を持ち始めたのは大学時代のアルバイト先でのこと。目指していた美術教師から変わって、映像ディレクターとして活躍するまでの変遷を語った。

 美術教師を目指して文教大学の教育学部に進学するが、イラストレーターやアーティストとして成功している人がいることを知り、教師より面白そうだと思った。

 当時、注目を集めていたアーティスト・日比野克彦さんの下でアシスタントのバイトを始めた。次から次へと仕事が入り、活躍している日比野さんの姿が刺激になり、絵で仕事をしたいという思いが強くなった。

 しかし、日比野さんが映像編集をしているのをたまたま見かけて心が動いた。当時は映像編集がアナログからデジタルに変わった時期で、フィルムと違い何度でも合成ができ、グラフィックスも動かせる時代になった。「絵と動画の中間のことができる」-映像編集の面白さと新たな可能性に魅力を感じた。

METAFIVEのミュージックビデオ「Luv U Tokio」

 編集機材を買えるほどの資金は無く、卒業後は同じような機材のある映像制作会社「MacRAY」に就職した。映像に絵や文字、音を入れる最終段階の作業を行い、クライアントや映像監督、広告代理店、ナレーターやコピーライターなどさまざまなクリエイターが最終チェックのために訪れる。

 昼間の仕事が忙しく、なかなか個人で制作する時間が取れずにいたが、仕事が終わってから夜中にコツコツと実験や制作をした。できた作品を、帰ろうとしている監督を呼び止めて見てもらった。「すごく良いから、続けなさい」-監督の言葉が自信と向上心につながり、さらに映像編集の面白さにはまっていった。「今考えると、結構大胆だなぁ。帰り際に呼び止めたんだから」と話す。

 もともと広告に興味は無かったが、さまざまな監督やクリエイターと仕事を重ねるうちにその面白さに気づいた。

 入社から5年後、フリーで活動をはじめ、映像の編集や合成を行う映像エディターとして、さまざまな監督と仕事をした。3年たつと仕事も増え、起業を思い立った。当時はモーショングラフィックスという概念を持った人が少なく、それを売りに1995年、東京に「teevee graphics」を創立。初めは2人で自主制作アニメをつくっていたが、狙い通りモーショングラフィックスが広がった時代で仕事も増えて、多いときは13人で活動していた。

福岡市早良区の事務所

 2008年に事務所を東京から福岡に移し、現在6人で活動している。東京にはいろいろなクリエイターがいて刺激になっていたが、人が多くて疲れた。今ではネットで活躍を見ることができるし、本当に仕事を頼みたい人は福岡にいても頼んでくれるだろうと制作に没頭することを選んだ。

 創業から20年が経った今では若い世代が実力を付けてきて、その頑張りがまた刺激になっている。

 以前は指導をしようという意識は無く、制作における最低限の決まり事やクオリティーについて話す程度だった。しかし、最近は依頼が来ると、「君ならどう考える?」とアイデアを出させ、内容が良かったら任せるなど、実践的な指導をすることが多くなった。

 昨今、広告業界のクリエイターが減少傾向にある中、社内の若い世代の力にも期待を向けている。

 佐賀大学で学生から一般まで幅広くデジタルコンテンツ作品を評価する「コンテンツデザインコンテスト」に審査員として参加し、講演なども行っている。

 

制作は連想ゲーム「ひたすら調べる」

 

 小島さんが立ち上げた映像制作会社「teevee graphics」は、テレビCMやミュージックビデオ、番組の最初に流れるタイトルなどを主に、年間約15本制作している。制作プランを立てて撮影、編集など約2~3カ月で作り上げる。依頼方法はさまざまで、イメージと合わせて商品の写真やイラストをまとめた資料を渡されたり、絵コンテができた状態から演出のアドバイスをした

 

り、ストーリーや登場人物の設定からイメージを考えていく場合もある。

 最近は、ANAとスターウォーズのコラボCMをドイツのCG(コンピュータグラフィックス)制作チーム「storz」と制作した。テレビ電話でやりとりしながら細かい動きを詰める。

 初めにstorzから簡単に編集した構図

三井住友VISAカードのコマーシャル「最高が似合う人」

や動きの違う6タイプの映像を渡される。実際に映像を見ると雲がまだイラストのような状態で役者以外のほとんどがCGでできている。夜景で表されるスターウォーズのキャラクター「BB-8」の大きさや、ANAの機体を画面の中にどのくらい入れるか、どちらの方向から飛ばすかなど細かい動きを詰めて、何度も何度もやりとりする。NGになっ

たカットも多く、スパークリングワインをグラスに注ぐシーンは、お酒の使用がダメで炭酸水に変わってしまった。

 俳優・豊川悦司さんが出演する三井住友VISAカードのCMでは、靴や時計のアップ、鏡を見ている男性やカードを差し出している手元などのイメージをまとめた資料を渡された。鏡を見るシーンではたくさん鏡があっていろいろな角度の豊川さんが写るとかっこよさそうだとか、女性が豊川さんを見て照れたらかわいいのではないかとネットで何度も素材やヒントになる物を検索し、イメージを深めた。いくつかのアイデアをクライアントに渡して、何度もやりとりしてイメージが固まったら撮影に入る。

 「制作が始まると、ずっと選択の連続」。数々の印象的な作品を生み出している小島さんのアイディアの源泉は「ひたすら調べる」こと。クライアントから「こんな感じで作ってください」とキーワードをもらうことが多く、そこから連想ゲームのように関連する物を出していく。出し尽くしたときに、真逆の考え方をしてみて、客観的に面白いか考える。カメラマンやメークの人など、さまざまなクリエイターやスタッフの意見から新たな発見が生まれることもある。

 撮影は多いときで約50人ものスタッフが集まり、お祭りのような中で指揮官を務めることも。テスト撮影用の役者がいて、前日に本番とまったく同じ流れでテスト撮影をする。5年前は役者に数日、時間を取ってもらったが、スケジュールが合わないため現在はほとんどが合成した映像になっている。小島さんやスタッフはロケに行って背景を撮影し、役者は都内のスタジオで撮影して合成する。制作途中の映像を見せてもらうと、俳優の輪郭には白っぽい線が見られ、完成品との違いにCG技術の進化を垣間見た。

 

出会い

 

 昔から物を作ることに興味があった小島さんは、中学校でのポスター制作や文字を手書きするレタリングが好きだった。先生に褒められたこともあり、自分に合ったことを仕事にしようと美術教諭を目指した。

 武雄高校に進学し、夏休みには福岡のデッサン教室に通った。しかし、美大を目指す生徒ばかりでレベルが高く「これはかなわない」と断念。そこで、教員である両親から有田工業高校デザイン科の浦郷正一郎先生を紹介され、大学受験のためのデッサンや油絵など、美術の基礎を1時間、週1回のペースで3年まで指導してもらった。指導後は互いに好きな音楽の話や映画の感想で盛り上がり、長く話し込んだ時もあった。

 小島さんは「浦郷先生から受けた美術の基礎や音楽、映像の楽しさは今も、活動の中で生かされている」と話す。

 

 

◆教え子に「鼻高々」

 小島君のデッサンを見ていたのは、ちょうどイラストレーションという言葉が出てきた頃だった。自分自身も雑誌の表紙を描くなど現役で活動していたときで、デッサンを描くついでに県展やコンテストなどに出してみないかと声を掛けた。小島君はイラストレーションや音楽、映画に関心があり、指導が終わった後に最新情報を教えていた。
 当時の小島君は素朴でおとなしいタイプだったが、内に秘めたものは人知れずしっかりと持っているようだった。デッサンも飲み込みが良く、「指導しがいのある」生徒だった。小島君の作品が、テレビで流れはじめた頃はとてもうれしかった。この子にデッサンを教えたことがあると、いろんな人に自慢したし、鼻高々だった。自分が教えてきた子が頑張っている姿を見ると、本当にうれしい。(浦郷正一郎)

 

好きを突き詰めると、新しい景色が見える

◆佐賀の魅力をぎゅっと

 

 佐賀出身のクリエイターが集まって制作した佐賀県のプロモーションビデオ「THREE MINUTS TORIP TO SAGA(2013年)」ではモーショングラフィックスを担当。電通の倉成英俊さん(佐賀市出身)をクリエーティブディレクターに、松隈善弘さん(鳥栖市出身)がプロデューサを務め、県内出身者で制作スタッフを結成した。

 佐賀の名所や特産品などの魅力を3分に詰めこんだ動画で、佐賀の景色を撮影し続けている山田トモフミさん(唐津市出身)が素材提供と撮影を、「ZAZEN BOYS」の向井秀徳さん(みやき町出身)が音楽を、カンナアキコさん(吉野ヶ里町出身)がパッケージデザインを担当した。

 企画会議は編集スタジオを借りて3回ほど行われた。「本当はみんなで夕飯食べに行く予定だったけど、結局朝までやってた」と話した。


◆面白いことがやりたい

 コント動画の制作にも挑戦し、お笑い芸人・ラーメンズの小林賢太郎さんと映像制作ユニット「NAMIKIBASHI」を2001年に結成した。ちょうどコント動画を作りたいと考えていたときにその話は舞い込んだ。

 ファッションや音楽を扱う雑誌「COMPOSITE」の取材で、小島さんの前が偶然にもラーメンズだった。取材にきた編集長から「小林さんが動画を作る人を探してましたよ。やりたいこと似てるんじゃないですか」と紹介されて組むことになった。

 日本の風習を面白おかしく取り上げたシリーズ動画。初めに作られたのは「-DOGEZA-土下座」で、「-shazai-謝罪」「-SUSHI-鮨」などを制作し、国内外で多くの賞を受賞した。

 「今度は1人でどっぷりつかって映画を作りたい」-小島さんはもう次に意欲を燃やしている。

 

 

◆映画を分解!?

 テレビはあまり見ない小島さんの情報源はほとんどがインターネット。休みの日はいろいろな監督の作品や友達に勧められた音楽などを鑑賞している。

 せりふを一言一句書き出したり、使われた小道具をすべてメモしたりしながら見るという。気になったところで「一時停止」をして、どの角度のカメラで撮っているのか、何が引っかかったのかを研究する。また、好きな映画はネット上のレビューを見て、自分が気づかなかった見解や表現方法をチェックする。『ここであの小道具が効いていたんだ!』とか、だんだん分かってくることが面白いんだよね」とほほえむ。

 常に良い表現を追求し、強い向上心を持つ。「プライベートと仕事の境界はあまりない」と話す小島さんは、本当に仕事を楽しんでいることがうかがえる。


◆アナログからデジタルへ

 アナログ時代から編集機材に触れている小島さんは、デジタルへの移行期を懐かしそうに語る。当時は編集できる動画の長さに上限があり、3分編集しては書き出し、パソコンに移してまた作業をしてと何度も繰り返していた。

 デジタルのメリットは時間短縮やコンパクトさだが、逆に制作業界は忙しくなった。昔はパソコンにデータを移す作業や編集時間がかかり、撮影は天候に左右されたが、待ち時間でゆっくりと考える時間があった。編集時間が短くなった分、次から次へと仕事が舞い込むという。


佐賀のクリエイターへ

 「自分がコレだと思ったこと、好きなことをあきらめずに突き詰めていくと良い。そうして出来上がったものからしか見えない景色がある。さらに上に行けばもっと違う景色が見えてくる。その積み重ね。頑張ってください」

こじま・じゅんじ

 1966年、武雄市山内町に生まれる。山内中-武雄高校卒業後、文教大学教育学部で美術を専攻。在学中に映像編集に興味を持ち、1988年、映像制作会社「MacRAY(マックレイ)」に入社。5年後、企画や演出も行う映像ディレクターとしてフリーで活動を始め、1995年に「teevee graphics」を創立。資生堂化粧品「マキアージュ」や「インテグレート」、トヨタ「アクア」などのテレビCM、NHK連続テレビドラマ小説「ちりとてちん」のオープニングタイトルなどを手がける。
 個人でもお笑い芸人・ラーメンズの小林賢太郎さんと映像制作ユニット「NAMIKIBASHI」を2001年に結成。コント動画を制作し、国内外で多くの賞を受賞している。

★クリエイターズカフェとは

佐賀県出身、または佐賀で活躍しているクリエイターを紹介していきます。(カフェ=人が集まる場、情報交換のできる場所。Visitor(ナンバリング)=訪問者、客。)

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