さが桜マラソンに出場するランナーにエールを送った道下美里選手=佐賀市のアバンセ

 「さが桜マラソン2022」(佐賀新聞社・佐賀陸上競技協会・佐賀県・佐賀市・神埼市主催、ミサワホーム佐賀特別協賛)の大会アンバサダーで、東京パラリンピック女子マラソン(視覚障害)金メダリストの道下美里さん(45)が19日、佐賀新聞社のインタビューに応じ、練習の様子や伴走者への思いなどを話してくれた。(草野杏実)



メダル取ることで社会貢献を

 ―普段は福岡市を拠点に練習している。
 大濠公園で練習することが多い。道幅が広く、伴走者と並んで人を追い抜いても余裕があり、コースもほぼフラットで走りやすい。家の周りを走ったりもする。以前、一緒のマンションに住んでいた人が週に2回ほど、朝6時に来て一緒に走ってくれる。「伴走ができないといけないという義務感がモチベーションになって続けられる」と言ってくれた。3年ほど続いており、本当に感謝している。


 ―走る上で伴走者の存在は欠かせない。
 家族のように近しい存在で、戦友。フルマラソンに初挑戦した時、平坦なトラックと違い、アップダウンや砂利道など路面が変わるという意味で恐怖心があった。伴走者と試行錯誤をして恐怖心を振り拭い、今では初めて走る場所でも、慣れた伴走者だとほぼ恐怖を感じずに走れる。
 走る以外にも、食事の内容や摂る栄養素も気を付けているが、私はお弁当を見て選ぶことができない。大会前に食べたらいけないものや、苦手なものを伴走者が把握して選んでくれる。


 ―リフレッシュの方法は。
 ヨガをしたり、温冷浴をしたりすることが好き。昨秋は夫と二人で嬉野温泉に行った。福岡から距離も近く、美肌の湯で、湯豆腐は食べても食べても罪悪感がないからすごくうれしい。超幸せだった。嬉野温泉はバリアフリーが進んでいて障害者にも利用しやすく、町の人も温かかった。


 ―太陽のような明るい人柄が印象的だった。
 沈むことはよくあるが、溜め込まないようにしている。普段からいろんな人にガイドロープを持ってもらって話をするが、自分にない発想を聞けたり、話を聞いてもらえたりするだけでリフレッシュできる。いろんな人とつながっていることで、落ち込んだ時の対処方法を知っているだけ。どんな人が支えてくれたか、近くにいてくれたか。過去の経験から対処策を知っていて、前向きになれない時の方が少ない。


 ―共生社会へどんな思いがあるか。
 目が不自由になって、暮らしにくい社会だと思った。その気づきが競技の原動力で、継続できている理由でもある。障害者の暮らしを知って体験してもらい、発信してもらえれば理解してくれる人が増える。以前は社会のお荷物なんじゃないかと感じた時期もあったが、社会になにか役立つことをしたいと思った。そのために私はメダルが必要だった。


 ―パラスポーツ普及への思いは。
 パラ選手がいなければパラスポーツに関わることはないが、眠っている選手がたくさんいると思う。盲学校に通い始めて出会った先生がいたから今の私がいる。パラ選手は健常者以上に人の力を借りなければ晴れ舞台には立てない。そのため、練習が継続できる環境づくりという部分で、指導者の育成や、学校の先生といった障害者に関わる人が関心を持ち、一緒にやろうという気持ちになってくれれば、眠っている選手が発掘されるかもしれない。

 みちした・みさと 山口県下関市出身。小学生の時に右目の病気を発症。中学生で視力を失い、左目も徐々に悪くなった。2004年、盲学校在学中に陸上競技を始め、08年からフルマラソンに転向。16年のリオデジャネイロパラリンピックで銀メダルを獲得し、17年には世界記録を樹立した。その後も2度、自らの記録を更新し、昨夏の東京パラリンピックで金メダルに輝いた。福岡県太宰府市。