基山カトリック教会=基山町園部

 明治維新後の1873(明治6)年、キリシタン禁制の高札は撤去されたとはいえ、「耶蘇やそ(キリスト教)に入ったら生き肝を取られる」と人々がうわさするなど、250年余にわたる禁教の影響が色濃く残っていた。

 そんな中、91年に旧園部村の中村永七、占野某、旧由比(ゆび)村の藤田某の3人がフランス人宣教師、ミセル・ソーレ神父の下、パウロ、ペトロ、ジョアンの霊名で洗礼を受ける。

 神父は79年に来日、89年から久留米を拠点に伝道に努め、91年には旧基里村分桜町に教会堂を設けた。

 旧田代村、天台宗昌元寺の門徒頭、中村永七ら3人は、久留米から来た耶蘇を追い返すためソーレ神父と談判、夜明かしの宗論の末、逆に仏教徒からキリスト(カトリック)教徒に改宗する。

 1951年には基山町園部に“悲しみの聖母”の教会堂名で現聖堂が献堂されるなど、130年前にともされた信仰の灯は、今も受け継がれている。

(地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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