柳生宗矩書状(小城市立歴史資料館所蔵)

 小城市立歴史資料館で展示中の「柳生宗矩書状」を紹介したい。

 (大意)

 松奥州から茶会の誘いが来ています。お出でになってよいかと思います。3月18日の朝、茶会を催すとのことで、お越し下さるように内々に申し入れたいとの(政宗の)考えです。都合を尋ねられると思います。お出でになるかどうか、お知らせください。

 鍋島紀伊守(元茂)宛で、松奥州(伊達政宗)邸で催される茶会に誘うという内容である。宗矩も招きに応じてよいのではないかと申し添えている。

 柳生宗矩は、新陰流の達人として徳川将軍家の剣術指南役を務めた人物である。鍋島元茂は、鍋島勝茂の長男で、小城藩初代藩主になる。慶長7(1602)年、佐賀で生まれ、慶長19年から江戸に住み、元和2(1616)年柳生宗矩に入門し、徳川家光の稽古相手役もつとめていた。

 仙台藩の藩主伊達政宗は、松平陸奥守と呼ばれ松奧州は略称である。永禄10(1567)年に生まれ、戦国時代から江戸時代初期を生き抜き寛永13(1636)年に没した。徳川秀忠、家光との交流も深く自邸の茶会に招くこともあった。

 政宗より35歳年少ではあるが、柳生宗矩や徳川家光とも交流がある鍋島元茂に興味を持ち、宗矩を介して茶会に招いたのかもしれない。『元茂公御年譜』には「伊達政宗と元茂公は兼ねて御懇意の御間也」とある。実際に伊達政宗との交流があったことを示す書状である。

(小城市教育委員会文化課・田久保佳寛)

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