ハンセン病差別と闘い続けた半生をつづった「人間回復 ハンセン病を生きる」を出版した志村康さん。「新型コロナもハンセン病も差別の構造は同じ」と話す(菊池恵楓園入所者自治会提供)

志村康さんの著書「人間回復 ハンセン病を生きる」

 ハンセン病の元患者で、国立療養所菊池恵けい楓ふう園(熊本県合志市)入所者自治会会長の志村康さん(88)=佐賀県出身=が、差別や病と闘い続けた半生をまとめた「人間回復 ハンセン病を生きる」を出版した。新型コロナウイルスの感染拡大で、さまざまな差別や排除の意識が顕在化した社会を憂い「病気への差別をなくすためにもハンセン病の歴史をもっと知ってほしい」と切に願う。12月4日からは人権週間-。

 1933(昭和8)年生まれの志村さんは、旧制中学で学んでいた48(昭和23)年に発症し、菊池恵楓園に入所した。65(昭和40)年に一時退所して養鶏業を営んだが、後遺症が悪化したため83(昭和58)年に再入所した。ハンセン病患者に対する国の強制隔離政策を糾弾したハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会長を務めるなど、約70年にわたって差別解消に向けた闘いを続けている。

 著書「人間回復」は自治会機関誌への寄稿などに加筆・修正した文章に加え、フリージャーナリストの北岡秀郎さん(78)=福岡県大牟田市=による聞き書きを収録した。国家賠償訴訟やこれまでの歩みを振り返り、思いをまとめた。

 国賠訴訟では、堕胎を強制され生まれてこなかったわが子に「操みさお」と名付けたことや、その時の心境を傍聴人の前で明かした時の悲痛な思いを吐露し「裁判所で話した日は、妻の顔を見ることが出来ませんでした」と記す。

 半世紀以上、暮らしてきた恵楓園については「最終的に帰ってくるところも『ふるさと』なのかもしれません」と振り返った。

 これまでほとんど語ってこなかった父親との思い出も書き添えた。3歳くらいのころ、父親の職場だった筑後川昇開橋(佐賀市諸富町、福岡県大川市)を訪ねたことや、恵楓園に入所後、毎週のように面会に訪れてくれたことをつづった。

 取材に応じた志村さんは、コロナ禍での感染者やその家族、病院関係者らに対するいわれなき差別や、過剰に恐れて排除をしようとする意識を問題視し「病気への無理解は今も変わらない。ハンセン病と構造は一緒」と指摘する。排除に向かうのではなく「同じ人間として支えることを考えてもらう一助になれば」と出版に至った思いを語る。

 編集や構成も手掛けた北岡さんは「志村さんは数多くの文章を残しているが、生い立ちや心情をまとめたものは少ない」と話す。「ハンセン病の当事者としてさまざまな訴訟に関わってきており、貴重な証言になる。コロナ禍の今、出版できたことに意義がある」と強調する。(石黒孝)

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 「人間回復 ハンセン病を生きる」は四六判248ページ。1800円(税別)。問い合わせは花伝社、電話03(3263)3813。

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