秋篠宮さまが56歳の誕生日に際し、宮内記者会と会見された内容の全文は次の通り。

 ―長女の眞子さんと小室圭さんの結婚は、皇室の儀式が行われず、一時金が支給されない極めて異例な形となりました。殿下は感想で、「皇室としては類例を見ない結婚となりました」、「皇室への影響も少なからずありました」とつづられました。「皇室への影響」とはどのようなことを指し、今回の結婚が今後の皇室にどのような影響があると思われますか。皇族としての「公(こう)」と一個人としての「私(し)」など皇室そのもののあるべき姿が議論されましたが、殿下はどのようにお考えでしょうか。複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された眞子さんの体調に影響を与えたと考えられる週刊誌報道やインターネット上の書き込みについて、どのように受け止めておられますか。

 「それでは最初に、私たちが10月26日に出しました感想に記した皇室への影響ということからお話をしたいと思います。いろいろあったと思いますけれども、私が感じるのは、主に二つです。その一つは、今回の長女の結婚が公になって以降、さまざまな媒体で、私たちの家、秋篠宮家以外の皇室にも影響が出たということを感じたからです。例えばそのことによって、天皇、皇后両陛下がどういうふうに感じているとか、細かいことは私も記憶しておりませんけれどもありましたし、それからもっとはっきりしているのは、この娘の結婚に対して、上皇后陛下がいろいろ言われたとか、こういう考えを持っているというのが週刊誌に出たりもしました。このことは宮内庁のホームページでも2度か3度にわたってそういうことはなかった、実際に私もそういうことを聞いたことは一度もないわけですが、なかったということを説明しているのですけれども、それでもその後も続いたということがあり、やはり負担になったことには間違いないと考えています。それが、一つです。もう一つは、結婚に当たって普通であれば行われている三つの行事ですね。納采の儀と告期の儀と入第の儀、この三つの行事を行わなかったことで、これは私の判断で行わなかったわけですけれども、これは元々は、皇室親族令にあるものです。今はもうそれはありませんので、絶対にしなければいけないというものではないわけですけれども、慣習的に行われているものであり、私は本来であればそれは行うのが適当であると考えています。しかし、それを行わなかったそのことによって皇室の行事、そういう儀式というものが非常に軽いものだという印象を与えたということが考えられます。本来であれば、その三つを行うのが繰り返しますけれども良かったと思っております。それが、あそこに書いた影響ということであり、その後に迷惑を掛けた方々に対して申し訳なく思っているというのもそこにつながります。その次は何でしたか」

 ―公と私。

 「公と私ですね。公と私、そして皇室の」

 ―はい、あるべき姿。

 「あるべき姿」

 ―はい。

 「皇室のあるべき姿、これは上皇陛下が言われていた国民と苦楽を共にし、そして国民の幸せを願いつつ務めを果たしていく、これが基本にあると私は思います。そして、それとともにやはりこう時代というのは変わっていきますので、その変化にも即した皇室であることが大切ではないかと思っております。その上で、公と私を考えますと、これは私わたくしは公(こう)は常に私(し)に優先されるべきものだと思います。もちろん、例外は存在すると考えますけれども、公は私に優先されるべきものでありましょう。一方、それでは今の一連のご質問にあった、娘の結婚のことと、この公と私のことを併せて考えてみますと、これはどうなんでしょう、公と私というものにうまく当てはまるものなのか、どうかという気もいたします。彼女は結婚するまでの間、皇族でいる間、公的なものと私的なものとの場合には、常に公的なものを優先してきていると私は思います。これは海外の訪問も含めてですね。論調の中の一部に娘が公よりも私を優先させたというのがありましたけれども、仮に、もし結婚するという、これは私的なことだとは思いますけれども、これを優先させたとしても結婚することを公にしてから既に4年たっているわけですね。もし、それを優先させた、優先させているということになれば、10年たっても20年たっても結婚はできないということになるかと思います。そのようなことから直接的に公と私という二つの概念に当てはまるのかというのは少し疑問に思いました。もう一つありましたよね」

 ―PTSD。

 「はい」

 ―複雑性PTSDと診断された眞子さんの体調に影響を与えられたと考えられる週刊誌報道やネット上の書き込みについてどのように思われますでしょうか。

 「そうですね、週刊誌これは文字数の制限というのはあります。一方で、そのネット上のものというのはそういう制限がほとんどないわけですね。それなので、その二つは分けて考える方が良いのかと思います。娘の複雑性PTSDになったのが、恐らくその週刊誌、それからネット両方の記事にあるのだろうとは思いますけれども、私自身それほどたくさん週刊誌を読むわけでもありませんけれども、週刊誌を読んでみると、非常に何と言いましょうか、創作というか作り話が掲載されていることもあります。一方で、非常に傾聴すべき意見も載っています。そういうものが、一つの記事の中に交ざっていることが多々あります。ですので、私は、確かに自分でも驚くことが書かれていることがあるんですけれども、それでもって全てを否定するという気にはなれません。一方、ネットの書き込みなど、これも私はそれほど多く見ることはありません。何と言っても、一つの記事に対してものすごい数のコメントが書かれるわけですので、それはとても読んでいたら時間も足りませんし、目も疲れますし、読みませんけれども、中には確かに相当ひどいことを書いているのもあるわけですね。それは、どういう意図を持って書いているのかは、それは書く人それぞれにあると思いますけれども、ただ、今そのネットによる誹謗(ひぼう)中傷で深く傷ついている人もいますし、そして、またそれによって命を落としたという人もいるわけですね。やはりそういうものについて、これは何と言いましょうか、今ネットの話をしましたけども、誹謗中傷、つまり深く人を傷つけるような言葉というのは、これは雑誌であれネットであれ私としてはそういう言葉は許容できるものではありません。以上です」

 ―30年間を過ごされた眞子さんとの印象深い思い出とともに、眞子さんがお住まいから離れ、アメリカで新生活を送ることへの心境をお聞かせください。小室圭さんと久しぶりに会われた時の印象やお話しされた内容についてもご紹介ください。殿下は小室さん側に「相応の対応」や「見える形での対応」を求め、「結婚する段階になったら、今までの経緯も含めてきちんと話すことは大事なこと」と述べられていましたが、記者会見の形式、内容を含めて一連の対応をどう受け止めておられますか。

 「それでは、長女との思い出ですけれども、私が長女と一緒にどこかに出掛けたというのは、国内よりもどちらかというと海外に、数的には分かりませんですけれども期間としては長いですね。順に言うと2人で旅行したのは、マダガスカルが最初で次がラオス、その次がハンガリーになります。どれも非常に印象深い旅行でしたけれども、やはり一番長期間一緒に旅行したマダガスカルが思い出としては残っていますね。マダガスカルのトゥリアラというところからムルンベという場所まで車で12時間半ですかね。ドライブしながら、その植物景観の移り変わりを見たりとかですね。行った先での音楽だったり踊りだったりに触れたり、また、バオバブの巨樹の所に行ったりですとか、それがやはり一番印象深く残っていますし、数カ月前にもたまたまその話が出て楽しかったねという話をしました。次は何でしたでしょうか」

 ―アメリカで新生活を始められた眞子さんへの今のご心境などをお聞かせください。

 「本人たちがアメリカで生活すると決めたわけですから、それが本人たちにとって一番良いことなんだろうと思っています」

 ―そして小室圭さんと久しぶりに会われた時の印象やお話しされた内容はどのようなものだったのでしょうか。

 「まず会った時の、どういう話をしたかについては、ここでは控えたいと思います。印象ですが面会していた時間が20分ぐらいでしたので、何か印象に残ることというのは特に私にはありませんでした。ごく普通の会話をいたしました」

 ―最後に小室さん側に相応の対応や見える形での対応を求め、結婚する段階になったら今までの経緯を含めてきちんと話すことは大事なことと述べられていましたけれども記者会見の形式、内容を含めて一連の対応をどう受け止めておられますか。

 「そうですね。10月26日に婚姻届を出した後、記者会見というか、記者発表というかを行ったわけでありますけれども、私自身は一方向のものではなくて双方向での会見という形にしてほしかったと思います。ただ、長女の複雑性PTSDということもあり、直前まではそのつもりで本人もいたのですけれども、会見している間に何か発作とか起きることも考えられるでしょうから、やはり難しかったのかなと思います。一方で、夫の方については、私も結婚の段階になった時に経緯などを説明することは大切だということを以前に話をいたしましたけれども、確かに春ですか、文書ではそのことについての説明をしているわけですけれども、やはり私としては自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える、そういう機会があった方が良かったと思っております」

 ―ご家族について伺います。眞子さんの結婚までに、ご家族でどのような話し合いをしてこられましたか。佳子さまは全日本ろうあ連盟の非常勤嘱託職員となり、眞子さんから日本テニス協会の名誉総裁も引き継がれました。今後の活動に期待されることや、結婚へのお考えについてお聞かせください。悠仁さまは来年高校に進学されます。ご成長の様子や進学先の検討状況についてお教えください。

 「最初が結婚までの間ですね」

 ―ご家族でどのようなお話が。

 「そうですね。結婚までの間、直近になると結婚した後しばらく東京都内にいて、その後、アメリカの方に行くことになり、そうすると、今まで自分の所に置いておいた荷物などのことがどうしても本人もそうですし、私も気になるわけですね。それで、しかも私自身も貸していた本などもありますので、そういうことについてどうしようかということを話をしました。彼女も例えば、ニューヨークに荷物全部持って行けるわけではありませんし、さりとて、本人が持っている書籍の中には海外の公式訪問の時にいろいろ下調べした日系人関係の本等もありますので、そういう物は活用してほしいという意向を持っておりました。そのような物をどういうふうに、これから場所も移動させるわけですけれども、していこうかということが一番結婚する前の時点での話し合いかなと思います」

 ―佳子さまの今後の活動と結婚ですね。

 「次女はこの春5月から、全日本ろうあ連盟で仕事をしておりますけれども、本人は大変ありがたく思って仕事しております。上司の方々からいろいろ教えていただきながら、少しでもお役に立つよう勤めてくれれば私はうれしく思います。また、そのほかの仕事についても一つ一つ大切に思いながら丁寧にしていってくれればいいなと思っております」

 ―結婚については。

 「結婚についてはそういう時期が来ましたらじっくりと話し合いをしたいと思います」

 ―最後に悠仁さまの高校進学、成長のご様子などをお願いいたします。

 「進学につきましては、本人とも相談しつつ進めております。また、成長の様子ですけれども、今、中学3年生でこれはどの中学3年生もそうなのでしょうけれども。1年前と比べると机に向かっている時間が格段に長くなっているんですね。そういう日々を過ごしているわけですけれども、私も時々、そんなしょっちゅうではないものの机に向かって問題を解いている様子などを見ることがあり、そのような時に改めて、今15歳で中学3年生ということを当然のことではあるんですけれどもそういうときに実感することがあります。以上です」

 「先ほどの公と私のことですけれども、一つ、女性皇族と男性皇族では手続きにおいても、男性の方は皇室会議を経て行われますし、女性の方はそれがない。そこでも公と私というのが、二つでもって性格が違ってくる。そういうことも頭に入れておきたいなと思います。一つ付け加えでした」

 ―新型コロナウイルスの感染拡大以降、ご一家はオンラインを活用し、国民との交流を続けられました。「ポスト・コロナ」の社会に向けた動きも徐々に生まれていますが、このような時代に皇室が果たしうる役割について、どうお考えでしょうか。眞子さんの結婚で、公的活動の担い手が少なくなりました。今後の活動の在り方やその分担については、どのように思われますか。皇族数の確保についてもお考えがあればお聞かせください。

 「この昨年からCOVID―19はずっと続いていて、日本でも多くの人が罹患りかんし、そして多くの人が亡くなっています。一方で、治療法などもかなり確立されてきたと聞いております。ワクチンの接種も進み、そのうち治療薬も普及してくると、ウィズコロナ、そしてポストコロナの時代になる可能性はかなりあるのではないかと思います。ポストコロナはまだしばらく先なのかなという気はしますけれども、こういう時代にあっても、皇室の役割とおっしゃいましたか」

 ―このような時代に皇室が果たし得る役割。

 「果たし得る役割。なかなか役割と言ってもすぐに今答えを持っているというわけではありませんが、その基本的な考え方というのは先ほども1問目でお話をした国民と苦楽を共にし、常に国民の幸せを考えつつ務めを果たしていくということ。そして、それとともに、時代の移り変わり変遷に対応して即した形での皇室というのは在り方としてはそうだと思いますし、役割としてもそれまでと大きく変わるわけではないのかなと思います。しかし、一方で、もう一つ質問ありましたね」

 ―皇室の果たし得る役割についてどうお考えでしょうかに続いては、眞子さんの結婚後の公的活動の担い手が少なくなる。

 「その前に何かなかった」

 ―新型コロナウイルスの感染拡大以降ご一家はオンラインを活用し国民との交流を続けてこられました。で、ポストコロナに向けて、ポストコロナの社会に向けた動きも徐々に。

 「分かりました。確かに今、感染状況はかなり落ち着いて、日本は落ち着いている状況ですけれども、ついこの前までは第5波で大変な感染者が出ておりまして、そういう時というのは、何か行事にしてもオンラインにならざるを得ないと私は思うんですね。しかし、その一方で、感染状況によって、そしてまた今まで得られてきた知見を参考にしながら、どのようにすれば、人々との交流をすることができるかということは考えていかないといけないと思います。これは、完全に前と同じようにするとかそういう意味ではなく、その状況状況に合った形をどのようにすれば、こちらにいろいろ依頼してくれる人たち、それから、こちらがそのために行く場所の人たちの要請と言ったらおかしいかもしれませんけれども、それに応えることができるのか、そのことを考えていく必要があると思います。やはり、オンラインで確かに話もできますし、何かものを見ることもできますけれども、これは実際に行って何かを見たりそれから人から話を聞いたりするのとはやはりかなり違いがあると思います。私はできるだけ、その場所に行って、自分が依頼された仕事をし、また人々との交流をしていきたいと思います。繰り返しになりますが、そのためにどうすればそういうことができるかということをきちんと考えていくことが大切ではないかと思います。次が何でしたか」

 ―眞子さんの結婚で公的活動の担い手が少なくなりました。今後の活動の在り方やその分担についてどのように思われますか。皇族数の確保についてもお考えがあればお聞かせください。

 「これは、人数というのは限られているわけですので、今いる人数で行っていく、公的活動を行っていく、現状ではそれしか恐らくできないと私は思います。ただ、その分担とおっしゃいましたか。分担の仕方によって多少は何かできることがあるかもしれません。例えば、普通であれば、夫婦で一緒に行っているものを夫と妻と別々に違うものに出れば、結局一つしかできないところ二つになる。そういうような、やり方を考えるということはできるのではないかと思っております。また確保でしたか」

 ―はい。皇族数の確保。

 「これについては、制度の問題になりますので、私からお話をすることは控えることにいたします」

 ―今年は東日本大震災から10年の節目となり、夏には東京五輪・パラリンピックが開かれました。この1年を振り返り、特に印象に残った出来事をお聞かせください。

 「今お話のありました東日本大震災、今年で10年になります。10年を一つの節目と捉えることもできるでしょう。復興の方についても、総仕上げの段階と聞いております。ただ一方で原子力発電の被災地については、本格的な再生復興が始まった段階とも聞いております。また、被災者の心のケアなども課題として残っております。私自身は最後に被災地を訪れたのは昨年の2月だと思います。その時に歩きながら何げなく見た、目をやったところに、以前は普通の日常があった、普通に建物があったのが、今はほんとにその基礎の部分のみになっている状態そういう場所を何カ所か見たんですね。それを見て、改めてこの東日本大震災の被災、大きな被害というものに思いをはせる機会になりました。そして、やはりまだまだその復興というか、そういうものが続いていてですね、果たしてその10年というのが節目と考えていいのか、そこのところは私もちょっとそのやはり節目ではなくて、こう連続して続いていることなのではないかと考えたりしております。しかし一方で、やはりあの災害をきちんと記憶の中にとどめておくことも大切ですので、そういうときにその10年とか20年とかそういう節目の時にきちんと思い出すということもやっぱり必要なのかなと考えたりしております。

 今年のこの1年で特に印象に残ったこととしては、私は異常気象、日本でもしばらく夏になると豪雨とかで洪水があったりとか大きい被害が起こっていますけども、今年こう見てみますと例えば夏に7月ですか、ドイツを中心に洪水の被害がありましたし、中国の山西省でも豪雨による被害がありました。また今度はあれはアメリカでしょうか、熱波が来たり、それから干ばつが起こったり、それから確かブラジルのパンタナールの水の量も雨季に雨が降らなくて減ったということがあったかと思います。それでこういう自然災害であったり、自然現象、それといわゆる気候変動ですね。これが非常に密接に結びついていて、気候変動に関する政府間パネルの第6次報告書では、地球の温暖化についてその人間の活動に起因することは疑う余地がないという報告書を出しました。これはその前のときの第5次報告書だとその可能性は極めて高い95パーセント以上としていたのに加えて今度はもう疑う余地がないということを報告書で出したわけですね。そうするとやはりこの人間の活動、それから気候変動、そして災害、そしてもう一つそれによって生物多様性の消失。そういうものがこうつながってきているっていうのが、すごく印象に残る今年の出来事だったと思うんですね。しかも生物の多様性の消失により、感染症が広がるということにも影響があると言われています。これは生物の多様性が減少することによって好適宿主というんですかね、好適宿主が密度が高く、そうすると、これを主に節足動物媒介の感染症ですけれども、そういうものが増えやすくなる。一方でそれ以外の宿主とかがこういろいろな物がいることによって感染を制御できる可能性があるという希釈効果と言うそうですけれども、そういうことにもつながってきて、今いろいろなものが、事象がこうつながってきたなというのがやはり今年の私にとっては一番印象に残っていることです。そしてまた10月にはこれも気候変動と関係ありますけれども、日本出身の真鍋淑郎さんがノーベル物理学賞を受賞されました。自然現象を物理学的にモデリングして、気候変動についての知見を出すということは非常に大事なことだと私は思います。

 そしてそれ以外では、今年も若い人の活躍があったのかなと思います。最近では5年に1度ですか、行われる国際ショパンコンクールで、約50年ぶりに日本人の反田恭平さんが2位になって、小林愛実さんが4位になるという話題が出ましたし、また、大谷翔平さんのMVPも非常に話題になりました。そして、オリンピックの時のスケートボードでも、若い人たちがほんとに良く活躍したなという印象を受けました。ほかにもいろいろありますけれども、今思い付くものをお話しいたしました。以上です」

 ―このたびのご結婚につきましては眞子さん、そして小室さんのみならず、秋篠宮家そのものにも批判やバッシング対象が向かいました。で、殿下はこれまで、一つ一つの事実と異なる報道に対して反論しないという立場を貫いてこられましたが、今後、佳子さまや悠仁さまがご結婚される際にも今回と同様の事態が繰り返される可能性も想定されます。で、殿下そして悠仁さまは今後皇位を継承される重い立場でもいらっしゃいますけれども、今後の影響を考えますとこれまで殿下が示してこられた方針がこれからも続けられるお考えなのか、それともまた、宮内庁とも話し合って新たに対策、対応についてお考えになるという、ご検討されるというお考えはあるのかお聞かせください。

 「いろいろな報道がなされて中にはバッシングと取れるものもあります。それらのことについて1回ごとに対応しないというのは、記事というのはある一定の長さがあるわけで、その中の一つだけをこれは違うというふうにして、例えば宮内庁のホームページに載せたりとかそういうことをした場合に、それではほかの事柄については全て正確なことですねということになり得ると私は思います。一方で先ほども少し近いお話をしましたけども、記事の中にはもちろん創作もあれば正確なことを書いていること両方交ざっているわけですね。一つを取り上げてそれは違うと言うこと、もちろん言うことはできますけれども、そうしたらやっぱり、ここも違うし、これは正確だしというのを全部説明していかないと本当はいけないのではないかなと思うのですね。ただ、それは大変な労力を費やすと思います。一方でもし、そういう今言われたような関係の記事に対して反論を出す場合にはですね、何かやはり一定のきちんとした基準を設けてその基準は考えなければいけないわけですけれども、それを超えたときには例えば反論をする、出すとかですね。何かそういう基準作りをしていく必要が私はあると思います。今、おっしゃったように今後もこういうことは多分続くでしょう。その辺も見据えて宮内庁とも相談しながら何かその今言ったような基準であるとかそういうものをですね、考えていくことは私は必要だと思っております」

 ―先ほど殿下は結婚に関する三つの行事は、本来であれば行うのが適当だとおっしゃっていて、その中で、殿下の判断で行わないことにしたと。去る26日の宮邸の出発のお見送りされる場面、非常に心に残っていますが、殿下はどういうお考えで行事を行わない判断をして、どんな気持ちで、父親として眞子さんを送り出されたのかお伺いしたいのと、以前の、随分前の記者会見で、娘なので遠くなく結婚後もいてくれたらという思いをお話しになったことありますけれども、遠いアメリカに送り出されたそのお気持ちも併せて伺いたいと思います。

 「まず、三つの行事を行わなかったことは、以前に会見でもそれ相応の対応というお話をしましたし、それから経緯をきちんと説明することも大切と、何という表現をしたか忘れましたけど、見える状態にすることは大切だとお話をしました。それと多くの人が納得し、喜んでくれる状態というお話もいたしました。今回、その三つの行事を行わなかったことは、まず一つは、やはり言われているトラブルというのがまだ解決はしていなかったということもありますけれども。あとは、この春に娘の夫がかなり長い文書を出したわけですね。それは確かに説明はしたということにはなるかと思うんですが、あれを読んでどれぐらいの人が理解できるか。さっと見てですね、やはりじっくり読めば分かるけれども、さっと読んだだけだとなかなか分からないという、そういうものもあるわけで、やはり、それによって、じゃあ、これはもう私の独断です、私の個人の考えとして、あれを読んでみんながすぐに状況を整理して納得できるというものではないと私は判断しました。そのことから、三つの行事を行わないことにしました。それと何でしたか」

 ―26日の朝、そうした形で結婚される眞子さんを、どのような父親としての思いで送り出されたか。

 「そうですね。どのような気持ち。元気で暮らしてくれればいいなという気持ちでしょうかね。そういうことを最後に言ったつもりなんですけれども、ヘリコプターの音で全てかき消されてですね。向こうも何か言ったのですが、結局、何も聞こえずに終わりました。それで、以前は近くにと申しましたけど、今、世界中どこに行ってもかなり近くなりました。先ほどのリモートの話ではないですけど、何か連絡を取ろうと思えば取れるわけですし、顔も見られるわけなのでそれはいいのかなと思います」

 ―今のお話に関連してなんですけれども、皆さんの納得を得られないだろうということで三つの儀式を行わない判断をされたと伺いましたけれども、今後の、ご結婚された眞子さんや、また夫となった小室さんの皇室行事への参加などはどうお考えなのか。今後のお付き合いというのはどうなっていくのでしょうか。

 「皇室行事への参加については、私がどうこうということではないですね。これはあくまでも天皇陛下のお考えということになりますので。それともう一つありましたか。それでよろしいですか」

 ―それで大丈夫です。あと1問目の中の、今後のご結婚の影響については、ちょっとお話が及ばなかったのかなという印象があるのですけれども、何かお考えがございましたら。

 「先ほどメディアのことのご質問がありましたけれども、今後の影響というのは、なかなか、今、私が言える範囲で読みにくいところがあると思います。もちろん、あくまで私が、今、ここでお話しできる範囲で、ということですが」

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