唐津市北城内の舞鶴荘は二の丸の外堀である二ノ門堀の西側に面し、国指定重要文化財・旧高取家住宅の南向かいに建っています。江戸時代初期の正保城絵図ではあたりは侍屋敷と書かれ、重臣の住まいがあったと思われます。

 杵島炭鉱主であった高取伊好(これよし)(1850~1927年)が長女の静と娘婿・盛(さかえ)(1878~1959年)のために建てました。盛がイタリア・ゼノアで開かれた欧州経済復興会議の全権団の一員として渡欧していた大正11(1922)年ごろの築とされます。

 伊好も盛も多久の出身です。多久には士族以外でも志があれば学べる東原庠舎(とうげんしょうしゃ)がありました。伊好は多久家の儒官・鶴田斌(ひとし)の三男で、早逝した姉が嫁いでいた高取家を継ぎました。伊好の伯母は草場佩川(はいせん)の妻。盛の父・馬場亨も佩川の門下生で東原庠舎の教諭。儒学に通じた伊好や盛は多額の寄付と寄贈を繰り返し郷土の発展に尽くしています。また漢詩を嗜(たしな)み、盛は太平洋戦争開戦まで唐津で漢詩の会を開いていました。弓道も宮中で行われた演武大会に出たほどの腕でした。

 漢学の素養を感じさせる意匠が散りばめられた屋敷は、旧高取家住宅とともに唐津を代表する近代和風建築の優れた例といえます。屋敷は1962年に九州電力が購入し、保養所・舞鶴荘として活用。映画「花筐/HANAGATAMI」では常盤貴子が屋敷から庭へと駆けおりてくるシーンに使われました。長期の休館後、地元の声に応えて今年は春と秋に「北城内えんマルシェin舞鶴テラス」を開催。SUPの拠点としても活用されています。

文・菊池典子

絵・菊池郁夫

(NPOからつヘリテージ機構)