岩永航河さんの遺影と共に松尾山光勝寺へと歩いた父の博允さん(左)や小城高の同級生ら=小城市小城町

岩永航河さんの遺影と共に竹灯籠に照らされた階段を上がる小城高の同級生ら=小城市小城町の松尾山光勝寺

小城あかりプロジェクトで、竹灯籠の飾りを製作した岩永航河さん=3月、小城市のゆめぷらっと小城

 「航河(こうが)君、見てくれたかな」-。9月に急逝した友人をしのび、小城高2年の同級生らが飾った竹灯籠のやわらかな火が12日夜、小城市小城町の松尾山光勝寺にともった。亡くなった岩永航河さん(享年17歳)=同市三日月町出身=は生前、市内の清水の滝で開かれていたライトアップ(竹灯(あか)り)の復活を目指すグループの中心メンバーだった。生徒たちは亡き友の遺志を継ぎ、寺の伝統行事に合わせて境内を照らし、航河さんを供養した。

 航河さんは9月9日、学校から帰宅した後、風呂場で倒れた。致死性不整脈が原因とされ、母の美紀さんが気付いた時には既に心臓が止まっていた。

 中学1年で始めたアーチェリーに打ち込む傍ら、市民と小城高生の有志で今年2月に立ち上げた「小城あかりプロジェクト」のリーダーになった。不正会計処理問題が発覚し、2017年を最後に開かれなくなった清水の滝ライトアップを復活させようという取り組みで、手始めに3月、学校近くの交流施設に手作りの竹灯籠を飾った。

 光勝寺では、日蓮直筆の曼荼羅(まんだら)を載せたみこしを、宗祖の命日に合わて日没後に町を練り歩く「お会式」を毎年行っている。航河さんの遺骨が安置されていた勝嚴寺(三日月町)が巡行の出発地のため、父博允さん(51)と小城高の同級生ら約80人が交代で7キロ離れた光勝寺まで歩いて遺骨を運び、灯籠の明かりがともる境内で静かに手を合わせた。

 「頑張り屋でわがままを言わず、炊事や掃除もそっと手伝ってくれていた」。参列した美紀さんは航河さんの思い出を振り返り、「別れは悲しいけれど、たくさんの仲間に囲まれてうれしかったと思う」。生徒たちから「航河君、見てくれたかな」と声を掛けられると、涙がこぼれた。

 「人一倍、責任感が強かった」「いつも人の輪の中心にいた」-。同級生や後輩たちからも篤実な人柄をしのぶ声が聞かれた。プロジェクトのメンバーは12月に再び、交流施設に竹灯籠を飾る予定で、小城高2年の池田渉真(しょうま)さんは「プロジェクトの輪をもっと広げたいと言っていた航河の思いを、みんなでつないでいきたい」と話した。(谷口大輔)

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