登り窯の中で小鉢を入れて並べる三藤るいさん=唐津市宇木の三藤窯

黒唐津瓢花入

唐津茶碗

三藤窯の登り窯=唐津市宇木

「人と人とがつながれる作品を作っていきたい」と語る三藤るいさん=唐津市宇木の三藤窯

 不器用さが、丁寧なものづくりへとつながっている。唐津市の緑に囲まれ、田園が広がる宇木地区に構える三藤(みとう)窯。登り窯と作業場のそばにある展示室には、三藤るいさん(43)のきりっとした作品が並ぶ。「黒唐津」をはじめ探究し、作陶に向き合う姿勢が、器の一つ一つの個性を引き立たせる。

 福岡市で生まれ育ち、高校生の頃、料理好きの母親が盛り付けた皿をお盆に並べて料理や器について語り合い、「取り合わせの美」から焼き物に興味を抱く。会社員時代、趣味で陶芸教室に通ったが「いいと思うものと、自分が作るものが違う」として電気窯を使う教室から糸島の登り窯の教室、そしてみやき町の窯元へと足を延ばす。

 形にして物を残す魅力に「自分の腕で生きていきたい」と、26歳で会社を辞めて陶芸家の道を選んだ。有田窯業大学校ロクロ科で基礎技術を学び、唐津焼作家の川上清美氏に師事した。「一歩ずつ、焼き物の世界へ入っていった」

 唐津焼が第1候補だったわけではない。当初は、好みの志野焼(岐阜県)で作陶を目指すつもりでいた。唐津焼も見ておこうと唐津市内の専門店をのぞいた時、いいなと思って手に取った器が全て川上氏の作品だった。「物が発する力」を強く感じた。窯大生の時、「1カ月仕事を見させてください」と川上氏に申し出て、夏休みに有田町から唐津まで通い、2006年、弟子入りし3年修業した。

 師匠の姿を見て「一つのことをずっと見る」という作品との向き合い方を学んだ。「男性の弟子と体力面で同じではないため、気持ちでカバーしていた」。ただ、それが「張り詰めて頑張っている」ようにも映り、普段は7割ぐらいの力でとアドバイスを受ける。独立当初は酒器や茶器を作るので精いっぱいで、食器が作れなかった。師匠の言葉を胸に、「自分に時間を与えないといけない」と納得いく作品作りに集中した。

 大量生産ではない一品ものとして貴重な土である。土を探し、焼いて形や釉薬を試して作り上げていく。イメージ通りでなくても、「素材から発想が湧いてくる」と過程を重視する。

 若手作家として人気を得ていく中で「買う人はものだけでなく、どこの窯で、どういう人がどんな思いで作っているか。それを知ることで一つの器にも愛着を持って使ってもらえる」。作り手として発信する大切さを意識する。「茶わんを作るだけでなく、茶わんを使う楽しみ方も伝えていきたい」。唐津焼を身近にする試みも計画中だ。(辻村圭介)

【取材メモ】作陶で生きていく覚悟が言葉の端々からも伝わってきた。飽くなき探究心に感心する。「作る」だけでなく使う楽しみを発信する取り組みに期待したい。

 

 連載「唐津焼新時代 炎の肖像」は、新たな唐津焼の時代を築く作家を紹介しています。次回は11月25日掲載です。

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