加唐小の児童との再会を喜ぶ韓国公州からの参加者=2019年6月、唐津市鎮西町の加唐島港

鎮西町の加唐島のオビヤ浦で開かれた第1回武寧王生誕祭(2002年6月)

日韓交流で生まれた楽曲「ニリムセマ」を歌う日韓のメンバーたち=2019年の生誕祭で、唐津市(提供)

韓国式でもてなす茶をささげる韓国の団体の関係者=2018年の生誕祭で、唐津市加唐島のオビヤ浦(提供)

20年以上続いてきた日韓交流。生誕祭を終え、船に乗る関係者に手を振るメンバーたち=2019年の生誕祭で、唐津市の加唐島(提供)

 国際交流をたたえる外務大臣表彰に、唐津市の「まつろ・百済(くだら)武寧王(ぶねいおう)国際ネットワーク協議会」(41人)と韓国・公州市の「武寧王国際ネットワーク協議会」が選ばれた。朝鮮・百済の武寧王(461~523年)を縁に交流が始まり、竹島や従軍慰安婦などで日韓関係が悪化した際も途絶えずに国境を越えた“兄弟”の関係を築いてきた。

 武寧王は百済の第25代の王で、危機的状況にあった国を再興させた。日本書紀には、武寧王が加唐島(唐津市鎮西町)で生まれたという記述があり、場所は島の海岸「オビヤ浦」の洞窟と言い伝えられてきた。韓国で1971年に武寧王の墓誌石が見つかり、日本書紀の生誕年月と一致。2000年、生誕地は加唐島とする韓国の大学教授の論文が史学雑誌に発表された。

 鎮西町では韓国との交流の機運が高まり、これまで町内の陶芸家の江口宗山氏(故人)が陶磁器を通じて韓国とつながりもあったことから、99年に武寧王にちなんだ団体が設立された。2014年に現在の協議会の名称になった。

 毎年6月に加唐島で韓国の関係者も出席して生誕祭を行い、秋の韓国の「百済文化祭」には協議会のメンバーが現地を訪れてきた。新型コロナウイルスの影響で、昨年から相互に行き来する行事が2年連続中止になっている。

 例年は互いに歌や踊りを披露し、交流をきっかけに生まれた「ニリムセマ(加唐島の思い出)」を合唱している。「再会するときは抱き合い、歌って踊って兄弟のような気持ちで付き合ってきた」と3代目会長の宮崎卓(たかし)さん(76)。「交流は相手の国の儀式を尊重したり、歓迎の気持ちを表したりするなど、真心を尽くさないと続いていかない」と実感する。

 韓国側の協議会副会長の尹龍爀(ユン・ヨンヒョク)さん(69)=公州大名誉教授=は「歴史問題で互いの国際関係は今も変わらないが、長く続けていくことが第一の目標。活動するうちに互いの心が理解できるようになる」と強調する。

 オビヤ浦には昨年、韓国領事館が「交流の象徴に」と木製プレートに代わる記念石碑を設けた。韓国人が年間250人程度訪れていて、歴史学習で見学し、手を合わせる姿もある。島民で副会長の坂本正一郎さん(71)は「1500年前の王や祖先を敬う気持ちを強く感じる」と話す。

 23年には武寧王の没後1500年の節目を迎える。政治的な対立も影響して日韓関係はぎくしゃくし、SNS(会員制交流サイト)などでは偏見や中傷する書き込みが絶えない。宮崎さんは「酒を酌み交わして韓国の皆さんを知ること。民間の草の根交流がなければ、ガサガサの関係になってしまう。本当の意味の友好をより広げたい」と意気込む。(横田千晶)

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