轟木の風景

 対馬藩と鍋島藩の国境にあった宿場町「轟木宿」を昔に思いをはせながら歩いてみました。

 対馬藩側から鍋島藩側に入るとすぐに番所があり、旅人などを厳しく吟味。しかし神社の祭りなどでは両藩の住民が藩境を越え、番所を通らず勝手知った道やあぜ道を行き来した、といいます。地元住民にとっては国境など関係ないものだったのでしょう!

 番所を抜けて直進すると、南に曲がる角に静かなたたずまいの日子神社。鍋島藩祖の鍋島直茂が国境の鎮護として建立したもので、この神社で無事を祈る旅人の姿が想像できます。

 神社から南の通りには13軒の旅籠が両側に並び、参勤交代などで藩主が宿泊した御茶屋もありました。敬愛する鍋島直正公もここで旅の疲れを癒したに違いない、と思うと150年の時が埋まる気がします。

 高杉晋作ら維新の志士たちも歩いたであろう街道は、現在も市道としてそのまま残りますが、大名行列や行き交う旅人でにぎわう様子が容易に思い浮かびます。

 今は静寂な住宅街に姿を変えていますが、日子神社だけは420年の時を刻みながら粛(しゅく)として地元を見守り、今も人々が祈りにやって来ます。皆さんも世の安寧の祈りを捧げつつ、昔に思いをはせながら歩いてみてはいかがですか?

絵 水田哲夫=鳥栖市本町

文・指山清範=鳥栖市藤木町

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