脊振山地の緑とダムの湖面の深緑に映える白い橋。佐賀県東部から福岡市中心部に向かう神埼郡吉野ヶ里町の東脊振トンネルを抜けると、福岡県那珂川市へとまたがる全長338メートルの「佐賀大橋」が見える。

[写真を拡大] 神埼郡吉野ヶ里町(右)と福岡県那珂川市を結ぶ佐賀大橋(中央)。五ケ山ダムの水没地にあった「小川内の杉」(右下)はレールを使って高所へ運ばれた=神埼郡吉野ヶ里町(ドローン空撮)

 佐賀大橋は水没道路の付け替え道路として造られ、2011年に完成。五ケ山ダムは強度などを確認する試験湛水(たんすい)を昨年末に終え、今年1月から供用を開始した。標高400メートルの澄んだ空気の中にたたずむ橋の下には歴史ある集落が静かに眠っている。

 藩政時代、名字帯刀を許され藩境警備に当たっていた小川内(おがわち)地区。歴史の名残で、対岸の黒田藩側に木刀を向けて地面に立てる祭りがあるほどで、「佐賀人」の誇りを持つ住民は多かった。

 1978~79年の福岡大渇水を受け、福岡都市圏のためのダムとして舞い込んできた建設計画に、「一方的な論理」「佐賀のために少しでも役立つのならともかく、どうして」と反発があった。

 地区住民は91年、全25世帯で「五ケ山ダム水没対策協議会」をつくり福岡県側などと協議を重ね、96年に両県の水没地区住民が用地補償調査協定書に調印、2002年に損失補償基準受け入れに合意し、住民は移転を余儀なくされた。「住民は村だけでなく、ふるさとの思い出も水に沈めるんですよ」「身を切られる思いだが、福岡市民の命の水がめとして避けられない選択」。離村式があった05年当時の佐賀新聞の紙面には住民の強い思いが残る。

 地区の山祇(やまづみ)神社境内には、神木として大切にされてきた県天然記念物「小川内の杉」があった。樹齢は700~800年とされ、高さ24~39メートルの3株の杉が根元で癒着しており、「夫婦(めおと)杉」「親子杉」と親しまれた。神社は08年に移転し、杉は移植保存を強く望む住民の意向を受け、福岡県が約8億円をかけ16年に移設した。

 「子どもたちは杉の根っこを滑り台のようにして遊んでいたのよ」と笑うのは宗雲マサヱさん(79)=吉野ヶ里町三津=。マサヱさんは結婚を機に1961年から17年間、小川内地区で暮らした。離村式の前の約10年間は豊かな湧き水を生かした釣り堀やキャンプ場を経営。「優しい人ばっかりで仲が良かった」との言葉には地区を誇りに思う気持ちがあふれている。

 今年6月に亡くなった夫荒江さん(享年87)は、佐賀大橋を渡った福岡県側から集落跡を眺めるのが好きで、夫婦で何度もドライブした。マサヱさんは「みんな反対もしていたけど見れば懐かしい。当時が思い出される」と目を細めた。

 (文・森田夏穂、写真・山田宏一郎=佐賀新聞社)

 

■グルメ観光スポット 五ケ山豆腐 =神埼郡吉野ヶ里町松隈=

 

 佐賀大橋の手前から北西に約1キロのレストラン「五ケ山豆腐」には、脊振山の湧き水で作るこだわり豆腐を求めて客が集う。ドライブやサイクリングの休憩に訪れる客が多く、五ケ山ダムを一望できる美しいテラス席はデートスポットにもなっている。

地図

 五ケ山ダムカレー御膳はダムをかたどった容器で提供。ダム愛好家にも人気で、ルーとライスの間の仕切り部分は佐賀大橋を見立てる。五ケ山豆腐御膳、秋限定の揚げ出し豆腐御膳があり、豆腐3種や豆乳、パンなどのバイキング付きで全て1250円。小学生は600円、2歳以上の幼児には300円のメニューがあり、家族連れにもお薦め。
 豆腐(250円~)や豆乳もちもちぱん(150円~)など、売店にも人気商品がずらり。常連客も多く、店員と一緒になってアットホームな雰囲気が漂う。問い合わせは、電話092(954)3761。

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