2018年の豪雨で崩れたのり面。〇印の奥に、写真左下の三国境石が建てられている(基山町教育委員会提供)

 佐賀県の最東端、福岡県筑紫野市と小郡市に隣接する県境の基山町は、かつて国境の村でもあった。肥前国城戸村、筑前国原田村、筑後国三沢村の藩を異にする三国の境界を示す「三国境石」が建てられたのは1805(文化2)年。末端の折衝は隣接する村の庄屋3人が当たったという。

 三国境石は国道3号三国信号から南東へ約300メートル、標高91メートルの三国境丘陵にある。台石は直径1・2メートル。主標は径30センチの円すい形で地上高は1・2メートル。主標の三方には「三国境石」の文字が刻まれている。

 200年の風雪に耐え基山町と筑紫野市、小郡市の境界として、いまもその役目を果たしているが、2018年7月の豪雨で北東側のり面の崩壊が判明した。

 法面の崩壊は将来、三国境石に影響を及ぼす恐れもあり、基山町は筑紫野市、小郡市と協議会をつくり法面の修復、三国境石の保存及び文化財としての活用など、話し合いを進めている。(地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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