観世流能楽師の武田宗典さんが対談で花について述べている。能の花は飾りたてた花ではなく、道端に咲いているような花だという。道端の花は見てほしくて咲いたのではなく、生命の発露として咲いた結果として人の目を楽しませる。「そういう感覚で舞台に立つのが理想です」◆田舎道には名前も知らない花が咲いている。武田さんは花を見つけようとする心、花に気づく心が大切で、あらゆるところに「人生の花」につながるヒントはある。それに気づくかどうかは自分次第だと語る◆道端の花に気づく心のゆとりに乏しい身でも、この季節は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)に目が向く。〈他の花は世になきごとし曼珠沙華〉橋本美代子。彼岸花、死人(しびと)花、天蓋(てんがい)花といろんな呼び名があり、家や田畑の周りなど身近な所で咲き誇る◆生活との近さが不思議だったが、飢饉(ききん)の際に飢えをしのぐための救荒植物だからと知って納得した。鱗茎(りんけい)はでんぷんを多く含み、毒を消して食用にしたと手元の歳時記は解説する。そんな備えが必要な時代もあったのだろう◆秋分の日。先祖を敬い、亡くなった人をしのぶ日である。思いをはせつつ、曼珠沙華のそばに咲く小さな花にも気づく心を持ちたい。大切なものを見過ごしてはいないか。少し足を止めるゆとりがあれば、人生の花につながるヒントが見つかるかもしれない。(知)

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