その日、小城市牛津町の石井京子さん(71)は、遅い昼食を済ませて横になった夫和夫さん(75)をしばらく寝かせてやろうと、そっとしておいた。

 県内に大雨特別警報が出た8月14日。和夫さんはもう3日も前から、自宅の裏を流れる牛津江川の排水機場で、夜通し洪水の警戒に当たっていた。3人交代で帰宅できるのは食事の時だけ。慌ただしく口に運ぶと、また詰所に急ぐ日が続いていた。

 そんな妻の気遣いも知らずに、和夫さんはほんの30分ほど目をつぶっただけで、自分で起き出して排水機場へと向かった。

 「お父さん、寝る暇あるとね?」

 京子さんは声をかけた。

 「寝る暇とか、あるもんか」

 それが夫婦の最後の会話になった。

       ◆◇

 当時の紙面をめくると、県内各地の大雨被害を伝える大見出しの傍らに、排水機場で操作員が亡くなったと、小さな記事が載っている。

 増水した川の水が集落にあふれるのを防ぐ排水機場のポンプは、木ぎれなど大きなごみが流れ込むと故障してしまう。和夫さんは一人で、ごみを取り除こうとして仕分け機のコンベアに巻きこまれたらしかった。

 事故の後、京子さんは初めて夫の仕事場を見た。無口だった和夫さんは、自分がどんな作業をしているか家庭で話すことはなかった。「部屋の中で監視モニターを見たり、ボタンを操作するだけだと思っていたのに…」。疲れた体で、壁をよじ登るようにして必死にごみと格闘していた夫の姿が目に浮かんだという。

       ◇◆

 市からの委託で、和夫さんが操作員を引き受けたのは10年以上前。すぐ排水機場に駆けつけることのできる近隣住民で担わざるを得ない役割だが、高齢化でなり手を見つけるのも簡単にはいかない。定年後、シルバー人材センターで剪定(せんてい)の仕事をしながら、大雨のたびに呼び出される生活だった。

 前触れもなく訪れる災厄のたびに思い返す歌がある。

 〈居合はせし居合はせざりしことつひに天運にして居合はせし人よ〉竹山広。

 人の運不運を分かつのは、たまたまそこに居合わせたかどうかの違いに過ぎない。和夫さんが「居合わせ」てしまったのは、自然災害が多発する時代というだけでなく、防災の担い手が高齢者しかいない地域の現実だったのかもしれない。

 一帯が床上浸水にまで至らなかったのは、和夫さんのような操作員の働きがあったおかげでもある。ただ、不幸な事故で命を落としたそのひとは、今回の大雨の犠牲者に数えられてはいない。(月1回掲載)

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