世界を驚愕(きょうがく)させた米中枢同時テロが2001年9月11日に起きてから20年である。軍事力で抑え付け民主主義を植え付けるという米国の「テロとの戦い」は膨大な犠牲の末に、無残な後退を続けている。

 同時テロ直後に戦争を始めたアフガニスタンから8月末に撤退を終え、03年に侵攻したイラクでも米軍は戦闘任務を年内に終了する方針だ。過激派「イスラム国」(IS)と戦ったシリアでも活動を縮小した。

 米国が去った後の「空白」は、大国が介入するのではなく地域の人々が中心になって平和と発展を実現してほしい。それこそが本来のあるべき姿であり、国際社会は粘り強く支援したい。

 米国が宣伝してきた「テロとの戦い」は無謀だった。テロの背景にある憎悪と貧困の解消のために、人権を無視する独裁政権を武力で倒し民主化と繁栄を実現するとうたった。中東での民主化ドミノも構想された。

 しかし、攻撃対象は同時テロの首謀者とされたビンラディン容疑者をかくまったアフガンのイスラム主義組織タリバンやイラクのフセイン政権という反米政権で、独裁でもサウジアラビアやエジプトなど親米国家は問題視しなかった。結局は反米政権除去の戦争だった。

 悪循環にも陥った。同時テロはイスラム世界に進出し利権を得ているとの米国への反発で起きた。その米国が武力で国家を改造するという試みは各地で一層強い抵抗に遭い、欧米でのテロの激化を生んだ。

 民主化戦略は後退続きだ。約10年前に民主化運動「アラブの春」が始まったが、内部対立や不慣れな統治で挫折した。タリバンが発足させたアフガン新政権は民主化を進めそうにない。

 女性や少数派の権利拡大など民主化を進めるべきなのは間違いない。だが、他国が武力で植え付けようとしてもうまくいかず、地域の実情にあった時間をかけた育成しかないというのが、20年間の教訓であろう。

 米国は「テロとの戦い」を優先した戦略から中国との覇権を巡る競争に転換するという。だがそんな安易な「足抜け」は許されない。

 米ブラウン大学は、同時テロ後のアフガン、イラクでの戦争やテロだけで45万人を超す人々が死亡したと推計している。シリアやイエメン、パキスタンを加えれば犠牲者は倍だ。膨大な数の難民も生んだ。この荒廃に責任を持つ米国は、復興に背を向けてはならない。

 気になるのはバイデン大統領が「テロとの戦いを続ける」と述べ、無人機などによる攻撃を宣言していることだ。誤爆が起これば新たな憎しみを生む。作戦遂行には慎重な検討が求められる。

 米政権は「米国の中流階級」の利益となる外交を行うと言う。この内向き傾向はオバマ、トランプ両政権から続いており、米国の世界への関与は弱まりそうだ。

 一方、強権体質を強める中国に、自由民主主義陣営の反発は大きく、中国が今後世界の中心となって指導力を発揮するとも想定できない。軸を失った世界の漂流が現実のものとなったのだ。

 日本もこの20年間のアフガニスタンやイラクでの活動を検証したい。「米国からの要請に応える」という受け身の国際貢献を超えて、地域事情を反映した主体的な策を探るべきだ。(共同通信・杉田弘毅)

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