9月5日に投開票される多久市長選は、現職と新人2人が人口減少対策や行財政改革などをテーマにそれぞれの主張を展開している。各候補の横顔を紹介する。(谷口大輔)

※以下、届出順に掲載

現場の気付きを生かす

横尾 俊彦氏(65)

 新型コロナウイルスのワクチン接種や大雨災害に対応しながらの選挙戦になっている。「市民の困り事は何か。声なき声を積極的にすくい上げないと」。演説の合間に接種会場や被災箇所に足を運び、状況の把握に努める。

 2年前の佐賀豪雨では、市内で1千カ所以上の被害が確認され、今月の記録的大雨でも家屋の浸水や土砂災害が相次いだ。避難所の運営や道路の応急復旧、罹(り)災(さい)証明書の発行-。多忙な職員の体調を気遣いながら最善の策をどう講じるか。「災害対応に正解はないかもしれないが、人命を守る上で失敗は許されない」と自身に言い聞かせる。

 1997年の市長選で初当選し6期24年。医療や教育制度に関する国の審議会の委員を歴任し、地方で深刻な医師や教師不足の解消を求めた。コロナ対策で前倒しされた小中学生への端末の配備も長年、全国の首長有志で訴えてきた。「現場の気付きを制度や仕組みに生かすことが大切で、やりがいがある」と話す。
 初当選時、幼かった2人の息子は社会人になった。公務に力を注ぎながら「父親の役割や責任は果たせてきただろうか」と振り返ることもある。北多久町。

「農業支える」父母原点

弥富 博幸氏(67)

 多久市南多久町の農家に生まれ、小学生の頃から農作業を手伝った。丹精込めてコメを育てる父母を見て「農業を支える仕事」を志す。佐賀農業高を卒業後、全国農業協同組合連合会(JA全農)の職員になり、農産物の販売などを担当。現在は専業農家としてコメや果樹を栽培している。

 両親の介護も見据え、50歳になる頃にJA全農を退職した。自宅がある福岡市と南多久町を行き来しながら実家の水田を耕した。

 かつて棚田やミカン畑が広がっていた故郷の風景は様変わりした。後継者不足で耕作放棄地が増え、「うちのコメも頼むよ」-。高齢の農家から請け負った水田の面積は2ヘクタールに上る。

 インターネットの普及などで地方での暮らしも便利になったが、「多久には発展の展望が見えない」。故郷の知人と「どがんかせんば」と話すうち、出馬への意欲が湧いた。

 急速に進む高齢化と人口減少に歯止めをかけるのは容易ではないが、「多久には他の地域にひけを取らない強みがある」。長崎自動車道が通る立地を生かした企業の集積などを目指し、「故郷で夢や目標を実現したいという若者を増やしたい」。福岡市中央区。

回覧板で住民に気遣い

副島 満氏(63)

 「住民の明るい声が響くまち」-。思い描く市の将来像をこう語る。人口は1万9千人を切り、県内の10市で最も少ない。人口減少を食い止めるのは容易ではないが、「地域で助け合う風土が残っているのが多久の強み」。8月の大雨災害の復旧などを挙げて「規模が小さいからこそ迅速に、柔軟に対応できることがある」と考えている。

 4月に自宅がある山犬原地区の班長になった。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う地域行事の中止などで交流の機会が減る中、毎月の回覧板には「熱中症に気を付けて」「ワクチン接種は済みましたか」-。住民を気遣う手書きのメッセージを添えてきた。

 班内の13世帯は高齢化が進む一方、新たに引っ越してきた子育て世帯もある。「子どもの声を聞くと、安心する」。近所のお年寄りからこう聞くたび「若い人たちが多久に残りたい、帰ってきたいと思えるようにしたい」。3カ月ほど悩んだ末、出馬を決意した。

 3兄弟の末っ子。大学卒業後に帰郷し、電化製品のメーカーなどで働きながら父母をみとった。退職後の日課だった自宅の庭の手入れは「選挙の準備や対応で忙しく、できなくなった」と苦笑する。北多久町。

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