福岡市の繁華街・中洲の屋台「中洲十番」を営む田中博臣さん=7月

 福岡市の繁華街・中洲の夜を彩る屋台の数々も、新型コロナウイルス禍で苦境に立たされている。旅行客や出張者は激減し、度重なる営業時間短縮要請―。休業を選ぶ屋台が相次ぐ中、「屋台を楽しみに福岡に来てくれるお客さんの期待に応えたい」と、行政の要請に従いながら店の灯をともし続ける男性がいる。

 地元食材を使った和洋のつまみや焼きラーメンが人気の「中洲十番」。再び県の時短要請が決まった7月30日の夜、店長の田中博臣(たなか ひろお)さん(48)はマスク姿で黙々と、カウンターの客に料理を提供していた。「正直また来るだろうとは思っていたが、お酒を出せないのはやっぱり痛い」

 30歳の時、屋台で働き始めた。だが「150円から」とメニューにない安値をうたった客寄せなど、一部の営業の在り方に疑問を持った。「俺ならこうするのに」。思いを募らせ5年前、市の屋台公募に挑戦。「福岡の観光にできること」を熱弁し参入が認められた。

 キャッシュレス決済の導入やメニューの多言語化など、新たな取り組みを続け、訪日外国人の増加もあり好調が続いた。しかし昨年からのコロナ禍で暗転。屋台営業は市条例で午後5時からと決められ、時短要請中も開店時間を早められない。周囲は次々休業した。

 「ラーメン2杯だけの日もある。休業する気持ちは痛いほど分かる」と田中さん。ルールに従った営業でも「感染対策が心配」「閉めろ」との言葉も浴びた。「1軒でも開いていて良かった」。県外から来た客のそんな言葉が励みだ。

 旅行・出張者の急減で客足が遠のき、「屋台は地元に愛されているのか」とも自問。地元に根付いた屋台を目指す。8月はまた時短営業に逆戻りだが「さまざまなお客さんが出会い、同じ空間で楽しむ景色を取り戻したい」と、コロナ後を見据えている。(共同通信福岡編集部・神谷龍)

 【メモ】福岡市の屋台は戦後の混乱期に始まり、1960年代には400軒超に。不法営業や汚水の問題化で規制が強化され減少の一途をたどったが市は観光資源として重視。悪質業者の排除や新規業者の公募などを柱とする「屋台基本条例」が2013年成立した。

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