丸小野仁之さん(1998年11月11日撮影)

 陸上の“キング・オブ・スポーツ”といわれる十種競技に転向して八年目。恵まれた素質が、地道な努力で開花。今年十月の日本選手権で7698点をマークし、悲願の初優勝。十二月のバンコク・アジア大会出場権も手にした。日本選手で今、「最も8000点に近い男」と評される。

 福岡大を卒業して二年目の平成八年、佐賀にやってきた。一年目は故障に泣いたが、昨年四月の五種競技で日本新記録を樹立。続く群馬リレーカーニバルでは、日本歴代3位となる7713点で優勝。

 しかし、昨年十月の日本選手権は最初の百メートルで右足に肉離れを起こし、そのまま棄権。半年以上を棒に振った。さらに今年六月、追い打ちがかかる。彼を佐賀に引っ張ってくれた緒方勝徳・佐賀陸上競技協会会長の死去だ。

 「技術以上に精神面の指導に感謝していた」という恩師の死は、大きな痛手だった。だが、一方で「恩に報いるためには、もう一度羽ばたくしかない」との決意が生まれる。
復活をかける場所は、昨年涙をのんだ日本選手権だった。頭を丸刈りにして臨んだ気迫が、全種目にみなぎる。百メートルを自己ベストに近い11秒28で終えると、続く走り幅跳びで1位に躍り出す。後は一度もトップを譲ることのない、完ぺきな優勝だった。

 ただ、喜びの半面、「勝つのが遅すぎた」との無念さも残る。本当の恩返しは、これからだと感じている。そのためにも「アジア大会では、ぜひ8000点を突破したい」と熱く語る。10種目で自己ベストを出せば、クリアできる数字だ。課題である砲丸、円盤投げなどの投てき種目に磨きをかけ、その目標に突き進む。(中島)


丸小野仁之(まるおの・ひとし) 熊本県球磨郡錦町出身。宮崎工高時代は百、四百メートル障害が専門だったが、福岡大二年の時に十種競技に転向。福岡大副手を経て、平成八年から白石保養院勤務。185センチ83キロ。佐賀市。27歳。

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