新型コロナウイルスの緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が全国各地に拡大する中、戦後76年の「終戦の日」を迎えた。重苦しい空気に包まれてはいるが、戦争の記憶を引き継ぎ、平和の尊さや自由が保障される社会について顧みる節目の日である。

 昨年から続く新型コロナの感染対策では、日常生活がさまざまな制約を受けている。飲食・飲酒、県境をまたぐ移動、イベント参加など、以前は当たり前に楽しんでいた行動に条件が課せられた。こうした政府や自治体の対応に、人々の受け止めは温度差があり、改めて「公」と「個」のあり方を考えさせられる。

 感染防止のため、社会生活を維持するためにやむなく、あるいは冷静に受け入れる人がいる一方、私権制限の措置を積極的に求める声も上がった。同調圧力をかけることに正義を見いだすような言動は、戦時下の社会と重なって映る。

 危機に直面すると、政治は誤った方向に進む恐れがある。コロナ対応でも酒類を提供する飲食店への対策で、販売事業者に取引停止を要請したり、金融機関を通して働きかけようとしたり、威圧的な姿勢が表出した。一部にはロックダウン(都市封鎖)の検討を求める意見も出た。

 危機なのだから、私権が制限されるのは当然とする言動が政治にも、国民の間にも表れる。戦後76年、長い年月をかけて浸透したはずの民主主義や人権意識の脆弱(ぜいじゃく)さが透けて見えたように感じる。いま一度、現在の社会のありようを見つめ、誰もが尊重される平和な生活を守っていく意思を確かめたい。その先に、健全な「公」は形成されるのではないだろうか。

 賛否の意見が交錯する中で開かれた東京五輪は「多様性と調和」が基本コンセプトだった。その理念が広く浸透するなら、平和な世界の実現に近づいていくが、現実はそう簡単ではなく、紛争が続く国や地域は絶えない。

 7月に亡くなったノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんは自著の中で、科学が戦争に利用される危うさに触れながらも、戦争はあと200年でなくなると推測している。20世紀前半は大国同士が全面衝突する世界大戦が二度も起きたが、その後はそうした戦争は起きていない。現在は民族紛争や対テロの争いであり、先進国が途上国の資源を食い荒らす古い構造を少しずつ変えていけば、戦争はなくなると指摘している。

 確かに、大国同士の戦争は起きていないが、米中の覇権争いは激しくなっている。「ワクチン外交」と称されたように、新型コロナの危機さえも大国は自国の勢力拡大に利用する。益川さんが求める先進国を中心とした構造を変えるのは容易ではない。200年後ならと思う一方、強い決意がなければ実現できないと感じる世界情勢である。

 多様な価値観を認め合い、調和を図る。東京五輪が掲げた「多様性と調和」は世界の構造を変えていくためのキーワードであり、平和の実現につなげる力になる。24日からはパラリンピックも始まる。日本からしっかりと発信して、これからに生かしたい。

 私たち一人一人にできるのは「多様性と調和」の理念を身近な暮らしに根づかせながら、国内、各国の動きに関心を持ち続けることだろう。「終戦の日」に平和への願い、不戦の誓いを新たにしたい。

(論説委員長・大隈知彦)

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