女子57キロ級2回戦でニジェール選手(右)に敗れ、健闘をたたえ合う浜田真由=幕張メッセ

 東京五輪で金メダルを取る夢は初戦でついえた。テコンドー女子57キロ級の濱田真由選手(27)=佐賀市川副町出身、ミキハウス=は25日、予選でアフリカ・ニジェールの選手に競り負けた。股関節の故障から復活し、きょうだいに支えられて臨んだ3度目の五輪。「勝ってみんなを喜ばせたかった」。第一人者の頰を涙が伝った。

 長い手足から繰り出す上段蹴りを武器に、18歳で2012年のロンドン五輪に初出場し、5位に入賞。国内に敵なしの女王に成長し、15年には世界選手権を日本人で初めて制した。

 一方で、この頃から足を動かすと痛みを感じるようになった。けがを押して出場した前回ブラジル・リオデジャネイロ五輪は2回戦で敗退。リオ後は東京五輪に向け、けがを治すことに重点を置く日々が続いた。

 19年2月に股関節の手術を受け、9カ月ほど競技を離れた。効果的なリハビリを探し、全国の施設を訪ね歩いた時期もあった。

 心身ともに追い詰められたこのころ、支えたのは兄の康弘さん(28)と弟の一誓さん(26)だった。康弘さんはテコンドー全日本選手権8回の優勝を誇り、一誓さんも実力者。佐賀市内の道場で、無理のない練習メニューを考えるなど献身的にサポートした。康弘さんは「立つだけで痛がる姿を見るのがつらかった。けがと向き合う妹の環境を整えてあげたかった」と振り返る。

 3きょうだいは東京五輪でも一緒だ。一誓さんは1カ月半前の合宿からトレーニングパートナーとして寄り添ってきた。康弘さんは競技後のエキシビションの団体戦でコートに立つ。

 そうした中での初戦。濱田選手は相手のペースにのまれ、逆転負けを喫した。敗者復活戦にも回れず、3度目の五輪は幕を閉じた。

 「コロナで五輪に出るのをやめようかと思う時もあった」。試合後、新型コロナウイルス禍で復活の道のりが険しかったことを涙顔で明かした。それでも「ここ数年では一番いい状態で試合に臨めた」と話し、言葉を続けた。「兄は競技に集中できるように雑用も全部やってくれて、弟も練習パートナーとして手を貸してくれた。感謝しかない」

 無観客試合で会場での観戦がかなわなかった父親の康二さん(53)は佐賀市の自宅のテレビで見守った。「私たちには悩みを見せない子。長いリハビリ生活の中で、思うようにいかない時もあったと思う」と推し量り「試合に出られるようになるまでよく頑張った」とねぎらった。(東京五輪担当・山口源貴、スポーツ担当・井手一希)

 
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