発掘された長崎街道の一部=嬉野市塩田町宮ノ元(嬉野市教育委員会提供)

 嬉野市教育委員会は、同市塩田町宮ノ元地区の発掘調査で長崎街道を確認した。推定195メートル、道幅平均3メートル前後で、江戸末期には使われていたとみられる。佐賀県西部から長崎県にかけての同街道の発掘調査による確認は初めて。

 農業用ハウス団地造成事業に伴い、2020年12月から21年3月にかけ、対象面積約5万平方メートルを発掘調査。同街道と推定される7カ所に掘削孔(トレンチ)を開けて調べた。

 その結果、ほとんどが完全な形で同街道が残っていた。街道は小石などが混ざったものと、混ざりがない2面が見つかり、重なっている場所もあった。時期の差は不明だが、焼き物の遺物からいずれも、幕末期には使われていたとみられる。

 道幅は2~4メートルと一定ではなく、断面はかまぼこ形で両側に溝がみられた。市教委文化財係の輪内遼さんは「江戸時代後期の絵図には表れていない構造が分かったのは大きい」と成果を語る。また、一部でくねくねと曲がった場所があり、江戸後期の絵図と合致したほか、緩やかな坂道であることも分かった。

 長崎街道の発掘調査事例はこれまでに、佐賀県内で2件、福岡県で8件と少ない上、調査場所が限定的なケースもあり、今回の発掘は貴重な事例になるという。地中保存するため、ハウス団地造成の基礎の掘削が及ばないように盛り土を施す工事が進められている。(古賀真理子)

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