東京五輪開会式が行われた23日夕、埼玉県川口市の埼玉協同病院では防護服を着て新型コロナ患者の対応を続けるなど緊張した状態が続いていた。

 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下の東京で23日に五輪が開幕し、24日には競技が本格化した。首都圏の医療機関では開会式中にも、コロナ患者の搬送が。医師は「他国でやっているよりも、遠く感じる」と漏らす。式典の夜、医療の現場を取材した。

 23日午後6時半すぎ、東京に隣接する埼玉県川口市の埼玉協同病院(399床)は慌ただしさを増した。母親の腕の中でぐったりと眠っていた2カ月の赤ちゃんの入院が決まり、念のためPCR検査などを受けることに。看護師が「ごめんね」と検体採取のための綿棒を鼻に差し入れた。

 赤ちゃんの大きな泣き声が響く中、保健所から電話が。コロナ患者の受診が決まった。「入院するかも」。職員が準備に追われるうちに開会式開始の午後8時に。休日診療のため薄暗い待合室のベンチには、家族の容体を案じる人たちがまばらに腰を掛け、電源が切られたテレビの画面を無言で見詰めていた。

 午後8時15分ごろ、保健所の車でコロナ患者の中年男性が到着。「最初のころよりは慣れたけど、今でも緊張します」。看護師高田綾野さん(51)が医療用のN95マスク、ゴーグル、フェースシールド、ガウンを真剣な表情で身にまとう。

 男性は自力で救急入り口そばの陰圧室まで歩き、診察の結果、入院の必要性はなかった。開会式まっただ中の搬送。五輪を楽しみにしていたという高田さんは「でも、命の現場のことを考えるとどうかな…」と複雑そうな表情で話した。

 病院によると、人口60万人ほどの川口市は大規模病院が少なく、救急医療は行き詰まりがちという。昨春には20回以上、搬送拒否が続いた事例も。今年7月に入り新型コロナの感染拡大が顕著になる中、酷暑による熱中症や五輪による首都圏の幹線道路の渋滞が、混乱に拍車をかけるのではとの懸念は深い。

 救急科部長の後藤慶太郎医師(46)は、コロナ禍で自殺を図るなどして搬送される人も増えていると指摘する。経済的困窮やメンタルの不調が背景にあるという。後藤さんは「本当に五輪が皆さんの希望になるのか。むしろ、やっている場合ではないのではないか」と問い掛ける。

 草野賢次医師(38)の脳裏には、この冬に流行した「第3波」の記憶が刻まれている。近隣病院の重症者病棟が埋まり、中等症以上も受け持つことになったが、治療法には限界があり救えない命があった。「先が見えない絶望感で、医師になって一番きつかった」

 スポーツ好きで、開会式前日のサッカー男子をテレビで観戦した。日本代表のゴールと勝利がうれしかった。けれども、試合後は妙に冷めた感覚にもなった。医療現場の逼迫(ひっぱく)が続き、また次の波が来たら…。草野さんは「葛藤の五輪です」と言って、唇をかんだ。

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