仲間と一緒に3本指を掲げ、ミャンマー国軍への抗議の意思を示すポザーコさん(中央)=18日、佐賀市の駅前まちかど広場

 東京五輪の開会式の中継映像を、複雑な気持ちで見つめたミャンマー人の女性がいる。佐賀県内の介護施設で働くポザーコさん(36)=佐賀市。ミャンマー国軍がクーデターで全権を掌握して8月1日で半年になろうとする中、県内で国軍への抗議活動を続けている。「五輪は平和のための祭典。自由が奪われた国があることも知る機会にしてほしい」と願う。

 東京の国立競技場での入場行進が中継された23日夜、ポザーコさんは夜勤だった。休憩室のテレビに選手団が続々と映し出された。「いろんな国の選手が楽しそうに行進していた。自分の国が平和だからそうできる」。世界から取り残されているように感じた。

 ミャンマーの代表選手は行進せず、大会スタッフが代わりに国旗を持って歩いた。「国軍への抗議の意思を示したら関係者が困るから出なかった」。そんなうわさが同胞の間で流れているが、真偽は分からない。

 ミャンマーで幼児に英語を教えていたポザーコさんは学生時代から日本文化に興味があった。介護福祉士になれば在留資格が得られる制度を利用し、18年4月に来日。介護の人手不足を補う制度で、西九州大短大部で学んだ後、20年4月から県内施設で働いている。

 母国では今年2月、国軍が国家顧問のアウン・サン・スー・チー氏を拘束した。民主派によるデモは武力で弾圧され、多くの犠牲者が出ている。3月末にはポザーコさんの親族の男性も銃殺されたという。

 抗議活動は在外ミャンマー人に広がり、ポザーコさんも民政復帰を願う県内のミャンマーの人たち約20人と街頭に立ち、SNSで発信している。生け花や茶道を学ぶつもりだった余暇の時間の多くを同胞との情報共有や連絡に費やしている。「社会で困っている人のためにできることをやるのが人間の役割」。短大で学んだ介護の教えを抗議活動でも大事にしている。

 ミャンマーは本来、代表選手に熱い声援を送るお国柄だが、新型コロナウイルスの感染者が急増し「五輪どころではない」とも話す。医療従事者の多くが抗議のため職務を放棄する「不服従運動」に加わり、医療体制が脆弱(ぜいじゃく)になっている。医療用酸素や薬品も不足している。大好きだった伯父は急死した。「詳しくは分からないけ」としつつ、新型コロナに感染し、治療がままならないまま亡くなったとみている。

 5月のサッカー・ワールドカップ予選で代表選手として来日し、3本指を掲げて国軍に抗議して帰国を拒否した男性に対しては勇気をたたえる一方、自身の行く末と重ねる。勤務先の施設で22年度まで働けば、学費の返済が免除され、帰国も選択できる。日本で貯めたお金で貧しい人たちが通える学校をつくる夢を持っているが、「今の情勢では帰れるかどうか分からない」と険しい表情を見せる。

 不安は尽きないが、再び街頭で声を上げる。五輪は、現状を伝える機会にもなると考えている。「来日する前から、日本が五輪のために頑張ってきたことを私たちは知っている。困っている私たちの国のことも知ってほしい」(宮﨑勝)

 
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