中林梧竹書

天山

 小城市立中林梧竹記念館では、明治の書聖中林梧竹の作品を約700点収蔵し、定期的に作品の入れ替えを行っている。現在は「梧竹・生涯の書」として若い時から没年までの作品を展示している。9月5日まで(月曜休館)。

 展示作品より梧竹自作の漢詩=写真=を紹介したい。

 前途約有るを期し、少時とどまるを得ず

 白髪、吾に垂れ老いる、天山旧によりて青し

 辛巳秋日 牛津を過ぎる

 「若いころは将来を夢見ていたが、白髪が混じる年になった。しかし天山は昔と変わらず青い」

 辛巳(かのとみ)は干支で、明治14(1881)年、55歳に当たる。牛津で詠んだものである。

 天山は、標高1046メートル。佐賀県内では、経ケ岳、脊振山に次ぐ高さで、佐賀、多久、唐津、小城の市境となっている。佐賀平野の北西にそびえる天山山系の風景は私たちの生活に溶け込んでいる。

 梧竹は、大正2(1913)年5月、病を得て東京から小城に帰郷する。その時に詠んだ短歌では

 あらうれし ふるさと近くなりにけり

 雲間に見ゆる 小城のあめ山

 小城に近づくにつれて見える天山山系をみて故郷に戻った思いを込めている。梧竹にとっても天山が身近な山だったことがうかがえる。

 帰郷後は、武雄、嬉野温泉に逗留し療養につとめたが、同年8月4日、三日月村にて87歳で没した(年齢は数え年で表記)。

(小城市教育委員会文化課・田久保佳寛)

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