戦時中の暮らしをテーマに講話した小野原謙二郎さん(左)=鹿島市の明倫小学校

 鹿島市在住の元教諭、小野原謙二郎さん(88)を講師に迎えた平和学習が13日、明倫小で開かれた。終戦時に12歳だった小野原さんは「戦争があった頃、十分な勉強はできなかった」と勤労奉仕の歴史などを紹介。講話を聴いた6年生の児童は、自分たちと同年代の目に映った当時の暮らしぶりに思いを巡らせていた。

 小野原さんは1945(昭和20)年の終戦時に旧制中学の1年生だった。大人の男性が戦地に赴いたため農家は働き手がなく、生徒は手伝いに行くことが求められた。「学校を休んで1日中田植えをした。機械も今のように発達していなくて大変だった」と振り返った。

 夏休み中には1週間、現在の太良町大浦の白浜海岸がある場所に派遣され、塩田の造成事業に携わったという。終戦で計画は頓挫したが「1番暑い時期に使ったこともないトロッコで土を運ぶ。つらい仕事だった」と述懐した。学校で授業がある日も空襲警報が鳴ると防空壕(ごう)に逃れることが何度も続いた。

 講演後、児童たちは手を上げて感想を発表した。蕪尻桃華さんは「(当時の)農業などいろいろなことを知ることができてよかった」、西島廉晴君は「今は普通に勉強ができている。昔は国のために働いていたと分かり、びっくりした」と話し、平和への学びを深めていた。(中島幸毅)

このエントリーをはてなブックマークに追加