誰かを好きになるということはステキなことですが、恋愛は相手があることであり思い通りにはならず、苦しさも伴います。想(おも)うのは自由ですが受け容(い)れられるとは限りません。自分に想いがあるように、相手にも相手の想いがあるのは当然で、双方の想いはそれぞれ尊重されるべきでしょう。

 しかし、実際には、相手の気持ちを無視して一方的に好意を寄せ続け、拒絶されて逆恨みに発展する事件が後を絶ちません。この手のトラブルを防ぐという話題では被害者側が気をつける点が論じられることが多いのですが、実際には断り方にも問題無く、被害相談していても防げなかった事例が多数あります。いま既に進行中の問題については警察等に相談して対応するしかありませんが、根本的には加害者を作らない方策がとられるべきで、思い通りにならないことへの対処を含む、コミュニケーション能力の向上を目指すしかないと感じます。これは、一方的な好意の押し付け、ストーカー問題に限らず、交際している間柄での支配、被支配であるデートDVにも通じるものです。

 他者の気持ちは、自分でいくら考えても自分の基準に基づく妄想でしかありません。相手には相手の都合や考えがあるのだということを常に意識して、相手の考えは直接尋ねて確認し、自分の想いも言葉にするというコミュニケーションを大切にし、独りよがりに気づけるようにならなくてはなりません。

 いまだに、察するという文化を重視する日本ですが、考え方や価値観、背景が多様化している現代において、他人を察するということは以前にも増して難しくなっており、思い違いが起こりやすい状態と言えます。察してくれるだろうと安易に考えず、また、察したつもりで勝手に決めつけるのではなく、言葉で確認するコミュニケーションを基本としたいものです。もちろん、お互いに思っていることが言える対等な状態であることが大前提です。威圧や遠慮で言いたいことが言えない関係性ではコミュニケーションは成立せず、その状態では恋愛ではなく支配関係にしかなりません。

 性別を問わず、誰もが加害者にも被害者にもなり得ます。子育て世代においては、わが子が被害に遭わないようにという心配のみならず、加害者にならないようにという目線も必要です。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

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