「泣いています…。笑っています…」。アナウンサーの実況は高ぶった。

 昭和39(1964)年10月24日。東京五輪の閉会式は想定外の展開となった。整然と入場するはずだった各国の選手団は入り乱れ、ある者は抱き合って涙を流し、ある者は肩を組んで笑顔を見せた。

 「気持ちよさそうに選手たちが出てきて、喜びに満ちあふれていた」。国立競技場でセレモニーの合唱に加わった唐津市の声楽家永富啓子さんが先日の本紙で、当時の思い出を語っていた。

 人種を超え、国境を越えて人びとが心通わせる。戦争で傷つけ合い、いがみあってきた国の選手同士がともに泣き、ともに笑う。後の五輪閉会式でおなじみになった光景は、このとき始まったという。

 その日、まだ本土復帰前の沖縄で、学校帰りに食堂のテレビ中継に見入っていた16歳の高校生がいた。感動の場面はやがて、彼の心の中で発酵し、一曲の歌になった。

 ♪泣きなさい笑いなさい/いつの日かいつの日か花を咲かそうよ…

 喜納昌吉さんの「花~すべての人の心に花を~」である。

       ◆◇

 あんな祝祭のような光景を、再び見ることはかなわないのだろうか。

 「東日本大震災からの復興」を掲げ、東京への誘致を遂げた五輪とパラリンピックは、新型コロナの感染拡大で1年延期という曲折を経て、いつの間にか「人類がコロナに打ち勝った証し」へと掛け声が変わった。緊急事態宣言下でなお感染拡大が懸念される東京で、いま五輪開催の大義を見いだすのはむずかしい。

 ただでさえ、商業主義による肥大化や開催国の政治利用が近年、ひんしゅくを買ってきた祭典である。国民の不安や当惑をよそに、開催へと突き進む政府の姿勢に厳しい目が向けられるのは当然かもしれない。

 それでも、と考えてみる。無観客となった大半の会場で、世界のアスリートたちが力を競う。肥大化したものをそぎ落とし、華やかさとは無縁のその舞台に目を凝らせば、スポーツが本来持つ、生きることへの喜びが見えてくるのではないか、と。

       ◇◆

 「スポーツ」の語源はdisport(はしゃぐ、遊び興じる)に由来し、そのもともとの意味は「離れたところへ運ぶ」ことだという。不安に沈んだ日常から、離れたところへ運んでくれる存在。とても皮肉なことだが、五輪がコロナ禍を経て、人類にほんとうに必要だった姿を取り戻せたらいい。

 ♪泣きなさい笑いなさい/いつの日かいつの日か花を咲かそうよ…

 喜納さんが歌ったように、世界がもう一度集い、つながる日を信じたい。決して過ぎた昔への郷愁ではなく。(月1回掲載)

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