開閉会式で使った楽譜やバッジ

1964年の東京五輪の資料などを手に、当時を振り返る永富啓子さん=唐津市

 1964年の東京五輪で、唐津市の声楽家の永富啓子さん(79)は開閉会式に合唱団の一員として参加した。世界の選手たちが国の枠を超えてたたえ合う平和の祭典を目の当たりにしてから57年。今回の東京五輪・パラリンピックはコロナ禍で開催の可否の議論も起こる中、「世紀のお祭りで歌えたことが、今になって大切な時間だったんだと思う」と喜びをかみしめている。

 永富さんは当時、東京芸術大声楽科の3年生で、約100人の学科生たちが合唱団に加わった。「大空と大地に 清気あふれて 不滅の栄光に輝く高貴と真実と 美をば造りし 古代の神霊を崇めよ」。10月の秋晴れとなった空の下、開会式で合唱団の五輪賛歌の歌声が国立競技場に響いた。

 「うれしいと思っていたんだろうけど、当時はあんまり実感がなかったかも。ただ、競技場は山びこみたいにエコーがかかって、すごく歌いにくかった」と振り返る。

 印象深かったのは閉会式。整然と行進していた開会式と異なり、選手たちは出場国ごとではなく三々五々に笑顔で入場してきた。「私たち合唱団の前でおどけて指揮をしたり、うわーっとこちらに手を振ったり。気持ちよさそうに選手たちが出てきて、喜びに満ちあふれていた」と開放的な雰囲気を今も思い出す。

 2度目の東京五輪が決まった際、永富さんは「やっぱり興奮した。当時を思い出し、すごいチャンスを得ていたと改めて感じた」という。東京の緊急事態宣言下で大会が開かれる。「感染の広がりはやっぱり怖いし、応援したい気持ちもあって複雑ですよね」としつつ、「大のスポーツ好きだから、行われる競技に対しては無事に進んでほしい」と願いながら心待ちにしている。(横田千晶)

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