試掘結果などを基に、調査の方法について話し合う宮武正登佐賀大教授(右奥)と原田大介町文化課学芸員(手前)=三養基郡上峰町の鎮西山

 三養基郡上峰町は、平安時代の弓の名手・源為朝の伝説が残る同町の鎮西山(202メートル)の城跡で、8月から本格的な発掘調査を行う。事前調査で建物を区画する溝の跡などが確認されており、全体像の解明を図る。9日は佐賀大の宮武正登教授(歴史学・城郭史)を現地に招き、調査の進め方について助言を受けた。

 一帯には土塁や堀の跡があり、中世の山城があったことが分かっている。公園整備計画に伴い、昨年12月と今年5、6月に事前調査したところ、山頂部に6カ所掘った試掘溝から中世の城跡と思われる区画の溝や、柱跡とみられる並んだ穴の跡、12世紀後半(平安末期)の中国製の陶磁器片などが見つかった。

 本格調査は8月から4カ月をかけ、山頂部の約2千平方メートルを調べる計画で、遺物の整理や報告書作成を含めた調査費は約6700万円。「思ったより古い平安期の遺物も出ており、試掘で出た遺構のつながりや広がりを確認することで、山頂の用途の変遷がたどれれば」と町教委文化課の原田大介学芸員は期待する。

 9日は宮武教授と武広勇平町長、町教委の職員ら約10人が現地確認し、調査方法を話し合った。宮武教授は「一帯は土塁や空堀の跡が点在しており、たどれば全体像が見えてくる。全体像が分かればいつごろ、誰の城だったかの特定につながる可能性が高い」と話した。(樋渡光憲)

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