唐津城の城下町跡の護岸から見つかった石垣=唐津市魚屋町(市教委提供)

 唐津市教委は9日、唐津城の城下町跡にあたる町田川の護岸から江戸初期の石垣を確認したことを明らかにした。1602~1608年に築かれた唐津城の石垣と同じ造りで、城と周囲の城下町が同時進行で造られたことを裏付ける貴重な史料になるとみている。

 市は2018年、町田川の改修に伴い城下町跡の本格的な調査に初めて着手した。発掘場所は豊臣秀吉の命で堺から訪れた商人・木屋(山内)利右衛門の旧宅跡地で、「西ノ木屋」として知られている。山内家は酒造業を営み、分家を「東ノ木屋」、本家を「西ノ木屋」と称して唐津の主要な商家として繁栄した。

 確認された江戸初期の石垣は、幅100センチを超す自然石が中心で、細かい加工は施されていない。石垣付近からは江戸初期の唐津焼も見つかっている。

 市教委の坂井清春さんは「城下町は築城と併せて整備する場合が多いが、唐津城では具体的に裏付ける史料が確認されていなかった。城と城下町の“二つありき”で当時の都市計画は進められていた」と語る。

 このほか、城下町跡からは県内2例目となる江戸期の瓦質土管が出土した。江戸末期から明治期の土管で特注品とみられる。坂井さんは「通常は裏山に排水を捨てていたが、酒蔵だった西ノ木屋が井戸水や製品に影響するからと土管を使って排水していたのでは」と推測する。

 市は10日から9月20日まで成果展示会を末廬館で開き、出土した土管や陶磁器など約300点を展示する。(横田千晶)

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