七ヶ瀬遺跡から出土した鏡、勾玉

七ヶ瀬遺跡から出土した鉄製短剣

 佐賀市教委は9日、大和町川上の七ヶ瀬(しちがせ)遺跡で弥生時代後期(1~2世紀)の集団墓地が見つかり、中国製の青銅鏡4面が出土したと発表した。うち1面は鉄刀、勾玉(まがたま)と埋葬されており、「三種の神器」がセットで出土したのは佐賀県内では初めて。佐賀平野中央部から西部にかけて有力な首長が存在したとみている。

 鏡4面が一度に見つかったのは、二塚山遺跡(神埼郡吉野ヶ里町、三養基郡上峰町)と同数で県内最多となった。鏡は前漢製と後漢製で直径9・5センチ~17センチ。いずれも割られた状態だった。同じデザインの鏡は県内の他の遺跡からも見つかっている。

 蛇や亀をあしらった後漢鏡「流雲文縁方格規矩禽獣鏡」(径14センチ)は木棺墓の近くから出土した。素環頭鉄刀、鉄製短剣、ヒスイの勾玉も見つかり、副葬品の充実ぶりから集落内で最も地位が高い首長の墓と見られるという。

 県立佐賀コロニー跡地の工業団地造成工事を進める中で遺構が見つかり、19年9月~21年3月に発掘調査を実施した。弥生後期としては大規模な墓群で、長さ61メートル、幅25メートル。墓道を軸にかめ棺、石棺墓など251基が並んでおり、さらに広がる可能性もあるという。

 佐賀女子短大名誉教授の高島忠平さん(81)は「1、2世紀のクニ、王権を示す発見。吉野ケ里に隣接して“佐賀のクニ”が姿を現した点も興味深い」と話し、邪馬台国が3世紀に束ねた30のクニの一つである可能性があるとみる。

 弥生後期の佐賀平野の先進性を裏付ける発見で、佐賀大芸術地域デザイン学部の重藤輝行教授(53)は「伊都国の有力地とされる福岡県糸島市で見つかった鏡の枚数には及ばないが、それに次ぐような有力な集団が存在したと考えられる。副葬品や集団墓の分析が進むのを見守りたい」と話す。(大田浩司)

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