ボルトとナットを科学分析のため切断した画像(三重津海軍所跡)・佐賀市教育委員会提供

 NHK大河ドラマ「青天を衝つけ」に登場する小栗忠順をご存知でしょうか。

 小栗は万延元(1860)年に遣米使節として渡米、造船所を視察、日本との金属加工技術の差に驚愕(きょうがく)し、帰国にあたり一本のネジを持ち帰りました。ネジのように、高度に規格化された製品を精密かつ大量に製造できる生産システムの構築、それは日本の近代化に欠かせない技術と考えていたのではないでしょうか。

 慶応元年(1865)、小栗はフランス人技術者を招き横須賀製鉄所の建設を開始します。工事は明治政府に引き継がれ、明治4(1871)年に横須賀造船所と名称を変え完成しました。ここでは、日本人への技術移転も図られ、後に富岡製糸場を始めとする近代化事業の礎となりました。小栗のまいた種は実を結んだのです。

 実は三重津海軍所でもネジの一種であるボルトとナットが組み合った状態で出土しました。調査により慶応元(1865)年~明治2(1869)年までに使用された製品と考えられます。三重津で運用した洋式船にも多くのネジが使われたでしょうし、その規格は厳密に定められていたはずです。

 あらゆる所に使われるネジの知識は、船舶部品や工作機械にも通じる重要事です。そのことを、三重津で洋式船を修理していた佐賀藩技術者は熟知していたはずですし、知識習得を通じ西洋技術に接し、小栗忠順と同様に「産業の近代化」の本質を肌で感じることのできた当時数少ない人たちであったと思います。

(佐賀市教育委員会文化振興課・中野充)

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