鳥栖-磐田 先制ゴールを決めて走り出す鳥栖FW豊田(中央)=2012年3月17日、静岡県磐田市のヤマハスタジアム

豊田選手の鳥栖でのあゆみ

 J2栃木への完全移籍が決まった豊田は、2010年の鳥栖加入以来、得点を量産。クラブのJ1昇格の原動力となり日本代表にもクラブで初めて選出された。抜群の決定力でゴール前に君臨した“開拓者”の活躍はクラブ飛躍の歴史と重なり合う。

 豊田は10年、当時J1の京都から鳥栖へ加入。11年はリーグ戦38試合で23ゴールを挙げ、クラブ初の得点王に輝き、J1へと導いた。

 J1初参戦の12年は苦闘も予想されたものの、難敵ぞろいのリーグで2位となる19ゴールをマーク。クラブを5位に押し上げ、Jリーグベストイレブンに選出された。活躍が認められ、13年には東アジア・カップのメンバーとして日本代表に選ばれた。ベストイレブンも、日本代表もクラブ史上初めてだった。

 その後も、ピッチの最前線で奮闘を続け、J1リーグ戦は16年まで5年連続で2桁得点を記録。今季は4月11日の横浜FC戦に途中出場し、J1リーグ通算300試合出場を達成した。同日は36歳の誕生日で、サポーターからは惜しみない拍手が送られた。

 サッカーの魅力を幅広い年代にアピールし、クラブをより身近な存在に高めた貢献度は計り知れない。ゴール裏のサポーター団体「ノルド」代表の板山高大さん(38)は「鳥栖の象徴的な存在で、今後のクラブにも絶対欠かせない選手だったのに…」と惜しんだ。(井手一希、古川公弥)

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