2015年9月に退院後、「私」は職場復帰に向けて定期的に佐賀新聞社を訪れた。会社は、私が倒れてから1年後の16年4月からでも構わない意向だったが、運転再開の見込みが立っておらず、まだ復職の自信もついていなかった。そのため、16年2月の面談で復職の日を10月に決めた。

 それから、復職に向けての準備が加速した。佐賀大医学部附属病院のロボットリハビリでは、スーツタイプの「HAL(ハル)」を“卒業”し、ホンダの「アシスト」という機械に変えた。アシストは、股関節の動きを察知して麻痺(まひ)足の動きをサポートする。ハルに比べると軽量で着脱も簡単だが、アシスト力がハルより弱い。一方でウオーキングマシンの上ではなく、廊下などを歩けるのでより実践的だ。

 佐賀大医学部附属病院のロボットリハビリと平行して通っていた佐賀県立地域生活リハビリセンターでは階段の上り下りや、電動車いすを使っての屋外移動を体験。公共バスを使っての移動訓練にも挑戦した。

 障害者の就労を支援している「ワーカーズ・佐賀」にもお世話になった。ここは、企業と障害者を橋渡しし、就労移行をスムーズにするための活動や職業に就いた後のフォローなどを行っている。私も会員登録をし、会社との橋渡しを手伝ってもらった。

 こうして、さまざまな支えを受けて身体機能、実務訓練、運転免許の課題にめどをつけた私は16年10月3日、佐賀新聞社に職場復帰した。

 復帰した部署は、倒れる前と同じ営業局アド・クリエート部。広告企画の立案、特集紙面の製作などを担当する部署だ。休職で迷惑をかけた分、まず、ここに恩返ししなければと思っていた。

 ワーカーズ・佐賀の担当者にも会社と話し合ってもらい、さまざまな配慮を受けた。職場は午前9時半から午後5時半までだが、いきなりフルタイムはきついだろうと月、水、木曜は午後1時半から出勤し、リハビリがある火曜と金曜は午前中だけ勤務した。いわゆる「リハビリ出勤」である。職場の理解と支えがありがたかった。

 1週間後から、レイアウトする機器の研修を受け始めた。座談会の採録や企画特集など記事体広告のレイアウトをできるようになれればと思った。ばりばりやれるという自信は全くなく、足手まといにならないようにと思うだけだった。それでも「職場」に戻ってきた喜びは大きかった。

(佐賀新聞社・論説委員)

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